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7月22日の多摩川水門めぐり…10

(『7月22日の多摩川水門めぐり…9』のつづき)

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フェンスがあって近づけないとなれば、ズームでたぐるほかなく。巡察に使う少し大きめの通船といった風で、見たかぎりスマートな感じの艇です。船名は「けいひん」。

検索の仕方が悪いのか、活躍の具体例がヒットしませんでしたが、現在この場所が防災拠点であることから、用途は何となく推察できました。荒川下流河川事務所の「あらかわ」に近いポジションなのでしょう。

221082.jpgここで愛でられるだけでも十分楽しいのですが、これ以上進入がかなわないとなれば、撮る角度も限られてしまいます。何より逆光で、ディテールがつぶれてしまい、撮っても後で拡大して検討するのも難しいのには困ってしまいました。

巻上機室が載っていた梁の正面に、一文字づつの銘板が掲げられているにもかかわらず、何枚撮っても判読できるだけの画質が得られないのです‥‥。

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10枚以上撮った中から、一番ましなものがこれ。それも、明度をかなりいじってなお、かろうじて7文字あること、左から3字目「本」と7字目「門」が、ギリギリ認識できるかできないか、というレベルに留まりました。

有名な物件ということもあり、水門名で検索すれば、複数の記事がヒットします。検索結果のトップが「『新日本製鉄水門』へ。」(後藤健太郎のブログ)。現地を訪ね、堰柱の銘板を押さえているだけでなく、新日本製鐵水門がなぜここに在るのか、簡潔に歴史にも触れたよい記事です。なるほど、水門ができた昭和46年は、新日本製鐵発足の直後なのですね。

221084.jpg製鉄所となれば大規模な工場だったでしょうから、水門ができる前からご当地にあったに違いありません。当時の大師河原は、どんな川景色だったのでしょう。

詳しい歴史はさておいて、水門の現役時の姿はもとより、「水門以前」の風景にも好奇心が湧いてきて、ちょっとのぞいてみたくなりました。となれば、Googleマップ先生と、国土変遷アーカイブ大明神の空中写真に、おすがりするしかありますまい!

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ホンモノのGoogleマップで大師河原河川防災ステーションを表示

まずは現在の姿を。対空標識として大書きされたとおり、「大師河原河川防災ステーション」を名乗る、ヘリポートや学習施設まで備えた防災拠点。

水門から扉体が取り去られたことでもおわかりのように、「けいひん」がいる堤内地のポンドの周りの地表は、計画高水位をクリアした高さになっています。いわば、一種のスーパー堤防に囲まれた堀割港なわけです。

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CKT7415-C42-37」(昭和50年1月3日:国土地理院撮影)

こちらは水門の現役時、昭和50年の姿。なるほど、現在のポンド終端である幅広になった部分は、入港するバージの待機場所で、さらに奥には建屋から伸びた、天井クレーンがまたぐ荷役施設があったのですね。

本流の高水敷にも繋留施設があり、2隻のバージが横付けしています。前回上流側に見えたタイヤフェンダーのあったところ、現役時に設けられたものと思って間違いなさそうです。

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MKT637-C1-19」(昭和38年6月30日:国土地理院撮影)

さらに遡り昭和38年、水門の出現以前になると‥‥。おお! 高水敷が大きく掘り込まれている! 荷役はどうしていたんだろう? 堤防を越えて行ったとは考えづらいものが。

拡大してよく観察してみると、左右2カ所に堤防を切って、橋を渡したように見える部分があります。これはどうやら、運搬路を確保するため堤防を切断し、増水時は陸閘の閉鎖で対応していたのではないでしょうか。つまりバージと工場の間に、トラックなどを介する手間があったわけ。工場の横まで水路を掘り割ったことで、荷役の効率も飛躍的に向上したことでしょうね。

(30年7月22日撮影)

(次項につづく)

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タグ : 多摩川 新日本製鐵水門

7月22日の多摩川水門めぐり…9

(『7月22日の多摩川水門めぐり…8』のつづき)

221076.jpgふたたび葦原の水路を通って、本流へ。「5月4日の六郷水門」に掲げた、5年前のほぼ同位置からの写真とくらべると、葦の背が高くなったせいで、ずいぶんと雰囲気が違いますね。

ある程度見通しがきくのと、周りがほとんど見えないのとでは、探索気分の盛り上がり方にも大いに差が出てきます。仮に舵を誤って突っ込んだとしても、ふんわりと受け止めてくれそうな優しさすら感じられます。

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さて、初訪問の新日本製鐵水門‥‥もう水門としては役目を終えているので、本来は「旧」を冠すべきところですが、あえてこのままいかせていただきます。

スロットルをしぼり、魚探の感をチラチラ見ながら及び腰の初接近。すでに触れたようにこのすぐ上流、南岸(神奈川県側)は全体に浅いので、水門をほぼ正横に見るまでやや北岸寄りを進み、90度変針してそろりそろりと近づいたところ、うまくゆきました。
引退してだいぶ経つとはいえ、元来業務船が出入りしていた水門とあれば、かつて維持していた澪筋は残っているだろうと推測したのです。

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逆光で黒くつぶれていま一つですが、こうして間近に拝むことができるのは嬉しいもの。左手、下流側の高水敷は柵を備えた垂直護岸になっていて、古タイヤのフェンダーが下げられ、接岸できるようになっていました。

221079.jpgこれは上流側も同様ですが、写真のとおり草ぼうぼうで、もやって乗り降りするのは難しそうです。ここまで手入れに差があるのは、何か理由がありそうですね。

ともあれ、水門前は幅員が十分に取られており、繋留も複数隻できるようになっていたので、現役時も出入りするフネブネの待機場所として、活用されたに違いないでしょう。

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フェンスの前、ギリギリまでつけて仰ぐ水門。遠くからズームでたぐって撮った姿とは、いうまでもなく違って、扉体を失ってなおこの迫力。来てよかったです!

やはり、ポンドにもやう水上バス風の船が気になります。この先に入れないのが残念ですが、あの船から観察とまいりましょう。
撮影地点のMapion地図

(30年7月22日撮影)

(『7月22日の多摩川水門めぐり…10』につづく)

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タグ : 多摩川 新日本製鐵水門

7月22日の多摩川水門めぐり…7

(『7月22日の多摩川水門めぐり…6』のつづき)

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221067.jpg六郷水門に至る澪筋は真っ直ぐではなく、下流側に少し曲がりくねった形です。少々緊張させられますが、ムード満点で探検気分を盛り上げてくれる水路ではありますね。

写真のように紅白の竿を刺した澪標をたどり、こんもり繁った葦原の間に突入。このすぐ上流側にも葦原の切れ目があるので、間違えないようご注意。

右の写真は、二本目の澪標を過ぎたあたりの水深の感です。この日、7月22日10:00の推算潮位が1.09m。大潮の干潮時なら、0.4m前後になってしまうような浅さで、やはり多摩川下流の探索は、日中潮位の高い日なればこそ、を実感します。地元艇のご苦労がしのばれますね。

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澪筋に入ると、両側は葦の密生した緑の壁が迫り、とたんに視界がきかなくなるほど。微風とともに渡ってくる草いきれ、サラサラと音を立てる葦原の風情‥‥。東京の可航水路の中でも、一二を争うのどかさを感じさせる川景色です。

しかし、5年前の5月に訪ねたときは、葦の背がもっと低く、密度もこれほどではなかったような。増水で流されたとか、ときどき手入れしているとか、季節の関係もあるのかしら。

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六郷水門、お久しぶりのご対面です。変わらぬ端正なたたずまいですが、5年前とくらべると、手前左右にもやっていた繋留艇が姿を消し、水門自体もコンクリート部分に補修の跡か、まだらに白いところが見られるという変化が。

221070.jpg補修はもちろん結構なことですが、せっかく原型に近い姿を保ってきたのですから、も少し気遣いが欲しいところではあります。

ロ×9に郷で「ロクゴウ」の紋章も健在。過去ログ「六郷水門…1」でも触れたとおり、旧六郷町の町紋を掲げたもので、六郷町なき今は六郷水門の紋章みたいになっていますが、この手のエンブレムを、しかも目立つ位置に掲げた水門って、他にもあるのでしょうか。
撮影地点のMapion地図

(30年7月22日撮影)

(『7月22日の多摩川水門めぐり…8』につづく)

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タグ : 六郷水門 多摩川

7月22日の多摩川水門めぐり…6

(『7月22日の多摩川水門めぐり…5』のつづき)

221061.jpg腰を上げようと水門に近づいたら、ふたたび電車の通過音がしたので、振り返って元運河の水面にお別れの一枚。「運河橋梁」の名前がわかったのも収穫でした。

写真ではよくわからないかもしれませんが、左手の護岸はフェンダーこそ残されているものの、フラットは緑地と柵が設けられていて、荷揚場としての機能は失われています。

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221063.jpg扉体の端面をものしようと頑張ってみたのですが、見事に失敗。扉体はフロントローラー式スライドゲートという形式こそ維持されたものの、更新後のすっきりした溶接構造で、装飾豊かな堰柱とは対照的です。

水門をくぐった両岸のテラス、10年前は東側のテラスを掲載したので、今回は西側を。猛暑も手伝ってか夏草の勢いは繁く、レンガの法面やテラスごと呑み込まれそうですね。

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お次は対岸、六郷水門を目指して河道を横断しましょう。こちらも岸近くの浅場に葦が密に繁って、遠目に見るとモコモコとした緑のかたまりに、水門が埋もれているよう。どこか可愛らしさを感じさせる風景です。

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そうそう、以前から気になっていた物件‥‥というか、船を一つ。河道のど真ん中に、オーニングをかけたポンツンボートが錨泊しているんですよ。

今回初めて近づいてみたんですが、船外機は2基がけ、ブイやら胴長やら道具類が雑然とあって、古びてはいるけれど、放置されているわけではなさそう。シジミ採り漁師さんのベースか何かでしょうか?

(30年7月22日撮影)

(『7月22日の多摩川水門めぐり…7』につづく)

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タグ : 河港水門 六郷水門 多摩川

7月22日の多摩川水門めぐり…3

(『7月22日の多摩川水門めぐり…2』のつづき)

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河港水門といえば、両堰柱のトップを飾るコレ! 写真は東側堰柱をアップにしたもの。

竣工当時‥‥大正末から昭和初期のご当地が誇った農産物、すなわちブドウ、桃、梨を盛った果物籠を表現しているのはわかっているのですが、モディファイの妙が俗人の及ばない高みにあるのか、はたまた無学な船頭儀に見る目がないのか、おっしゃるような果物をいま一つ見出すことができず、今日に至っています。

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せっかく久しぶりに来たのだからと、西側堰柱の「果物籠」にもぐっと迫って。強いていえば、両堰柱の「果物籠」とも、手前に配されているツブツブしたのが、ブドウに見えなくもないといえば‥‥イヤ、どちらかというとツブツブが野イチゴに見えるなあ‥‥。だいたいあの、ところどころに見える目玉みたいのは何でしょうか。軟体な魔物が無数にある目をぎょろつかせているようで、想像力のベクトルがあさっての方向にかき立てられる始末です。

まあ、水門の装飾で、これほど引力を感じ、かつあれこれと想像力を刺激するものは他にないわけですから、ある意味、河港水門は最強! と断言できるのではないでしょうか?

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冗談はさておき、進入開始であります。先ほどよりだいぶ迫った位置で、ぐっと仰いで一枚。径間9.01m、扉高7.4m相応の質量が、頭上に覆い被さろうとする一瞬。

前回訪問時に紹介しましたが、10年ぶりなので、改めて「鋼製ゲート百選」(技法堂出版・平成12年)から諸元を書き出しておきます。大正15年着工、昭和3年竣工、昭和61年改築。事業者は川崎市、施工会社は当時の浦賀船渠。

221049.jpg開閉装置はチェーン駆動で、堰柱内部にカウンターウェイトを備え、均衡させる方式なのは三栖閘門と同様ですね。

扉体はフロントローラー式スライドゲート。右写真はその、フロントローラーを見たところ。初見時、扉体は角落しのように、継ぎ目から分割して降ろせるのかしらと思っていたのですが、今回観察したら、各フロントローラーに至る潤滑油の配管らしきものがつながっていたので、少なくとも今は一体で上下するのでしょう。


221050.jpg扉体を過ぎた直後、管理橋を仰いで。気になったのは、桁側面中央、縦に貼られた銘板みたいなもの。凝った形をした割には、何も書かれていませんでした。

水門周りの方は保全されてきれいでも、橋はコンクリートが剥落し、鉄筋が露出していて痛々しいですね。富山の中島閘門でも同様でしたから、手の回らない部分が出てきてしまうのは、古いゲート施設共通の悩みなのかもしれません。

(30年7月22日撮影)

(『7月22日の多摩川水門めぐり…4』につづく)

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タグ : 多摩川 河港水門