柳川堀割めぐり…14

(『柳川堀割めぐり…13』のつづき)

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おおお、これはもしかして、純粋な木造橋では…。「へ」の字の桁、帯金で組んだ高欄は飾り気のない簡素なものながら、天端を四角錐に削った親柱も見えます。

地図で名前を確かめると、壇平橋といわくありげな橋名。その向こうには、往路にかすめてきた並倉も見えてきました。並倉のことを考えに入れて、木橋を残したのだとしたら、なかなか粋な計らいですね。

109107.jpgブレてしまったのが悔しいですが、純粋木橋の裏側を舟上から眺める機会はめったにありませんから、あえて掲げます。いや、鋼製の部材がまったくない、混じりっ気なしの木の橋なんだ!

4本ある橋杭を両側から水貫で補強し、杭上端に乗せた角材の梁と、その上に固定した持送りで支えられた丸太の桁。桁や橋杭が、皮をむいたそのままの荒削りな丸太で、カスガイをまさにブチ込んで組んであるのも感動です! 持送りの当たる部分の桁は、天地をタイコに削って、平らな面を作ってから組んでいるようですね。

109108.jpg壇平橋をくぐれば、並倉と再びのご対面、さっきはちょっと遠すぎるなと思ったら、今度は鼻先にレンガの壁がそびえるほどの接近ぶり。なかなかいい塩梅にいきませんが、夕日を浴びて赤みを増したレンガは本当に美しく、これも感動。

こうして近くで眺めると、3棟あるうちの真ん中あたりが、はらみ出したようにふくらんでいるのがわかりました。水辺に建つものゆえ、維持管理が難しい点もあるでしょう。私が立ち上がったのを見た船頭さん、「さあ、遠慮なくどんどん撮ってくださいね!」は、はい…そりゃもう遠慮なく撮らせていただきます!

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棟と棟の間に、チョコンという感じで乗っかった小さな木の屋根が気に入って一枚。夕日のくれた赤味と、バックの雲ひとつない空の青さ、むしろ夕方に来れて、よかったかもしれません。
撮影地点のMapion地図

109110.jpg並倉を過ぎたあたりの岸で、あっ、さっき「柳川堀割めぐり…7」で出会った、3羽の鴨さんたちが! トリさん的にはもうおねむの時間なのか、メス2羽は翼の間に首をつっこみ、お饅頭のように丸くなってお休みの体制。タマラン可愛らしさです。

しかし、メスたちが休んでいる最中も、オスは浅い水際に立って、警戒怠りない風情。ビロードのような羽毛の美しさも手伝って、その凛々しさはあたりを払う威厳さえ感じられました。


(24年11月3日撮影)

(『柳川堀割めぐり…15』につづく)

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柳川堀割めぐり…13

(『柳川堀割めぐり…12』のつづき)

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船頭さんも橋の様子を見て、だいぶ低いね、といわれたものの、そのまま竿を操る手を休めずに、何と桁側面にゴツン! 提灯を下げた紅白の手すりを、もろにぶつけるというチャレンジャー(笑)ぶり。やはり、くぐるのには無理がありそうですね。

手すりを触りながら、「これがなければいいんですが、外せんようになっとるし…」と思案顔。もし無理なら、残念ですが戻るほかないかも、と思っていたのですが…。

109102.jpg橋をよく観察すると、一見直線のように見えて、中央の橋脚付近は、ほんのわずかながら中高になっています。「真ん中へんなら、何とかいけませんかね?」と提案すると、船頭さんはうなずいて、竿をふるって舟の体勢を立て直してくれ、再チャレンジの構え。そうこなくっちゃ!

橋脚の近くも、充分な高さとはいえませんでしたが、私も一緒に両手で舟を押し下げるようにして、かろうじてすり抜けに成功! このまま橋の下にはさまって、抜けなくなるのでは? というスリルに肝を冷やしながらも、「橋を持ち上げる」作業はなかなかできない体験で、楽しいハプニングとなりました。

109103.jpgホッとしたところで、南側にある水路が目に入りました。住宅にはさまれた小水路に、角落とし式の水門があり、その向こうは土堤で仕切られて、さらにそこにも小さな樋門が見える…。

柳川の市内に、このような小さな水門・樋門が、いったいいくつあるのでしょうか。無数のささやかなゲートで、きめ細かに制御される堀割群の水! ひとつひとつ訪ねてみたい欲求にかられてしまいました。

109104.jpgしばらく進むと、東西に伸びる外堀の東の果てが見えてきました。ここ宮永町と佃町の間で、堀は北へ90度向きを変えるのです。もう低くなった西日が、水際に立つ住宅の壁をほの赤く照らし、それが雲といっしょに水鏡に姿を映して、なかなかきれい。

「このあたりも、ついこの間まで田んぼだったんですが、だいぶ家が建ってきましたね」と船頭さん。新興住宅地といったところですか、そういえばまだ新しい家が多いですね。

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県道770号線・城東橋をくぐり、前方に見えてきた、木橋の雰囲気に惹かれて一枚。レアなコースなのでしょう、ここまでついに、一隻も行き合い舟を見ることなく遡上してきました。

あっ、木橋の向こうにチラリと見えるあれは! あそこまで戻ってきたのですね。
撮影地点のMapion地図

(24年11月3日撮影)

(『柳川堀割めぐり…14』につづく)

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柳川堀割めぐり…12

(『柳川堀割めぐり…11』のつづき)

109096.jpg両岸に道を隔てて商家が並び、観光客が賑やかに行きかうさまは、関東でいえば佐原の小野川沿いを思わせますが、ご覧のとおり船べりと変わらない岸の低さに加え、道の際に柵どころか駒止め(縁石)すら見えないのがまことに効果絶大、水と陸の近しさが桁違いの感を受けました。

柳並木の向こうをそぞろ歩く人々の足元まで、舟の胴の間に座った目線から、腰を浮かせもせずに自然に眺められるのは、自艇での舟行きを思うとどこか不思議な感じ。水上と陸上の視点が、これほどまでに変わらない、しかもそれが、街場で体験できるなんて、素敵なことじゃないですか!

109097.jpg西側の正面には、サングラスをかけ、くわえタバコの白秋像が掲げられた、お祭りの飾り付けが。街堀はこの奥で北へ90度曲がって終わりますが、我々はここで転回して戻ります。

そうそう、「水の構圖」の中の一章、「沖ノ端」の冒頭にある序文が、この街の来歴を簡潔に紹介していて興味深かったので、長くなりますが引用させていただきましょう。

「柳河を南に約半里ほど隔てて六騎(ロッキュ)の街沖ノ端がある。(六騎とはこの街に住む漁夫の渾名であつて、昔平家没落の砌に打ち洩らされの六騎がここへ落ちて來て初めて漁りに從事したといふ、而してその子孫が世々その業を繼承し、繁殖して今日の部落を爲すに至つたのである。)畢竟は柳河の一部と見做すべきも、海に近いだけ凡ての習俗もより南國的な、闊達さと魚臭とがある。(後略)」

白秋が生まれ育った街とあって、その思い入れが伝わってくるような文章ですが、興味をひかれたのは、この街がいわゆる柳川とは一線を画していた土地柄だったらしいこと、そして六騎なる、字面も読み方も一風変わった通称の漁民が住まい、この集落を興したらしいことの二つ。

このあたり、機会があれば調べてみたいのですが、「六騎」に関しては今なお、お茶屋と船着場にその名前を残していることが地図を見てわかり、面白く思ったものでした。

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舟は一旦、城門観光本社の桟橋まで戻り、ここで船頭さんと名残りを惜しんでお別れ、いま一人の船頭さんと交代です。

えっ、まだ乗り続けるのかって? 
片道だけで降りるなんて、もったいないことはしない(断言)! せっかく柳川に来たんですから、帰りもドンコ舟と決めていたのです。ただし、往路とコースは変えてもらいました。南側と東側をぐるりと周る、外堀コースです!

かんぽの宿がある丁字流を左折して進むと、視界が大きく開けて、爽やかな秋空を水鏡に映す、胸のすくような水路風景が広がりました。これまでも、およそ5km弱の航程中で、柳川の水路はさまざまな表情を見せてくれましたが、ここでまた新たな一面を見た思いでした。

109099.jpgこちらは行き交う舟も少なく、観光スポットとも離れているせいで、とにかく静か。広大な堀割を一人占めした気分です。

船頭さんの自己紹介によれば、なんと昭和6年生まれの81歳、100人以上いるといわれる、柳川各船社の船頭さんの中でも最高齢とか。もっともキャリアは10年ほどで、この道に入る前は、有明海でノリの養殖をされていたそう。さっそく東京湾のノリ養殖との違いをうかがったり、美味をうたわれた有明ノリのお話など、ノリ談義でひとしきり盛り上がりました。

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何度か触れたように、この日は水位が高いため、船頭さんは岸にごく近い浅いところを選んで、竿をさしつつ進みます。県道766号線の御堀橋を過ぎ、さらに東進すると、やけにフラットな造りのRC橋が出現。地図によると、宮永橋とあります。

ううん、これはヤバいんじゃないか? 目線を低めても、桁裏が全く見えない…。一見おとなしい外観のこの橋が、近づくほどにある種の禍々しさを発散してきたのを、すり抜け歴の長い(?)当方としては、見逃すはずはありませんでした。
撮影地点のMapion地図

(24年11月3日撮影)

(『柳川堀割めぐり…13』につづく)

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