5月1日の江戸川…4
(『5月1日の江戸川…3』のつづき)

●少し増速しながら、上流側からの全容を振り返って一枚。毎回同じことをいって恐縮ですが、ふわりと布団をかぶせたようなその質感が佳し。大河に迫る台地という地形の面白さを、堪能させてくれる角度といえるでしょう。
●進行方向に向き直れば、今までと一転、青空の下平らかな河道と高水敷が広がる、いかにも江戸川らしい風景が展開していました。左手の堤防までは距離があり、目立った建造物に乏しい(柳原水門はありますが)こともあって、どこか大陸的な雰囲気があります。
見通しのよい区間のせいか、トーイングボートが水上スキーを曳いて、水すましのように走り回っていました。風も穏やかで気温も高いとあって、彼らにとっては水上スキー日和といったところでしょうね。

●この区間のヌシ的存在、柳原水門にも久しぶりのご挨拶。だいぶ扉体が色あせたものの、外壁は日差しを浴びて白く輝いており、強烈な外観は衰えを見せていません。以前とお変わりなく、ご健勝で何より。

●ここで水上スキーの皆さんが戻ってきたので、柳原水門とツーショットでカッコイイところを。スタイリッシュ(?)な柳原水門、こういう光景によく似合います。
見通しのよさすなわち、橋が少ないということですが、京成線のそれ以来、2.5kmを経てくぐったのが、北総線の江戸川橋梁。ここを過ぎれば、矢切りの渡しや金町浄水場も間もなく。優しげな川面を楽しみながら、続けて前進。
【撮影地点のMapion地図】
(28年5月1日撮影)
(『5月1日の江戸川…5』につづく)

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●少し増速しながら、上流側からの全容を振り返って一枚。毎回同じことをいって恐縮ですが、ふわりと布団をかぶせたようなその質感が佳し。大河に迫る台地という地形の面白さを、堪能させてくれる角度といえるでしょう。

見通しのよい区間のせいか、トーイングボートが水上スキーを曳いて、水すましのように走り回っていました。風も穏やかで気温も高いとあって、彼らにとっては水上スキー日和といったところでしょうね。

●この区間のヌシ的存在、柳原水門にも久しぶりのご挨拶。だいぶ扉体が色あせたものの、外壁は日差しを浴びて白く輝いており、強烈な外観は衰えを見せていません。以前とお変わりなく、ご健勝で何より。


見通しのよさすなわち、橋が少ないということですが、京成線のそれ以来、2.5kmを経てくぐったのが、北総線の江戸川橋梁。ここを過ぎれば、矢切りの渡しや金町浄水場も間もなく。優しげな川面を楽しみながら、続けて前進。
【撮影地点のMapion地図】
(28年5月1日撮影)
(『5月1日の江戸川…5』につづく)

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5月1日の江戸川…3
(『5月1日の江戸川…2』のつづき)
●前回は少し引き気味だっただけに、国府台に寄り添って堪能したく、もう少し、もう少しと右へ舵を切っていたら、3m台だった水深がだんだんと上がり始め、たちまち2m台になってしまいました。
180度近い大屈曲だと、それこそ澪筋はアウトコースぎりぎりにあるものですが、国府台の区間はRが緩やかなこと、前後にも屈曲を控えたいわば蛇行区間であることから、澪筋も極端な形を取っていないのでしょう。
河底の感が細かく波打ちながら上がっているのも、流れの複雑な作用を感じさせて、興味を惹かれるものがあります。

●このあたりは、水際の法面から繁った木々が道をすっかり覆い、しかも枝を水に浸しているところもあって、いかにも台地がすとんと、川面に落ち込んだように見える部分です。
枝先を河水で洗う森のもくもくぶりを愛でていると、ゆく手には早くも国府台の終端が見えてきました。いや、こちらが上流側ですから、逆に始まりといった方が適当かもしれませんね。

●国府台城直下、階段を切った法面が見えてきました。水際に降りられる数少ない場所とあって、クルマが何台か停まり、釣りや水遊びに興じる人影もちらほら。国府台随一の人気スポットといってよいでしょう。
そして、国府台の終端(いや、始まり?)近影。北東へ去りゆく稜線を目で追って、久しぶりの訪問を楽しめた充実感とともに、ちょっと寂しい気持ちも‥‥。
【撮影地点のMapion地図】
(28年5月1日撮影)
(『5月1日の江戸川…4』につづく)

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180度近い大屈曲だと、それこそ澪筋はアウトコースぎりぎりにあるものですが、国府台の区間はRが緩やかなこと、前後にも屈曲を控えたいわば蛇行区間であることから、澪筋も極端な形を取っていないのでしょう。
河底の感が細かく波打ちながら上がっているのも、流れの複雑な作用を感じさせて、興味を惹かれるものがあります。


枝先を河水で洗う森のもくもくぶりを愛でていると、ゆく手には早くも国府台の終端が見えてきました。いや、こちらが上流側ですから、逆に始まりといった方が適当かもしれませんね。


そして、国府台の終端(いや、始まり?)近影。北東へ去りゆく稜線を目で追って、久しぶりの訪問を楽しめた充実感とともに、ちょっと寂しい気持ちも‥‥。
【撮影地点のMapion地図】
(28年5月1日撮影)
(『5月1日の江戸川…4』につづく)

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5月1日の江戸川…2
(『5月1日の江戸川…1』のつづき)
●橋の少ない江戸川だけに、大型橋梁の3連続、しかも眺め応えのあるトラスとなれば、やはりカメラを向けたくなります。市川橋、京成線江戸川橋梁を流路中央あたりから見上げて。
江戸川橋梁を前にしたあたりで、トラスの下に目指す国府台の緑のラインが! 7年前と変わらぬ姿を遠望して、一刻も早く麓に近づきたくなり、ついスロットルを倒してしまいました。


●上とあまり変わらない角度で恐縮ですが、さえぎるもののなくなったところで、全容を一枚収めておきたくなったのです。イヤ、久しぶりの訪問が好天下、しかも新緑の季節で本当によかった!
●接近したところで、下流側からディテールを少しづつ。この、堤防が台地の裾と一体化してゆくあたり、独特の魅力があるように思えるのです。
あっ、水際に背の低い護岸ができている‥‥。まだコンクリートの色が新しいですから、最近の竣工でしょう。以前(『江戸川散歩…3』参照)は土が露出していたのか、草が生えるに任せていましたから、洗掘を防ぎ、堤防を守るために施工されたのでしょう。

●台地の裾を、河水が直接洗うあたり。護岸は途切れて一段引っ込んだような形になり、代わりにテトラポッドの列が姿を現わします。大屈曲のアウトコース、早まる流速によって洗掘される岸を守る手立ては、これも変わらず怠りなし。
それにしても、もくもくと生い茂る新緑の瑞々しさ! やはりこの季節こそ、国府台が景勝地として最も輝くときに違いないと、一人うなずいたのでありました。
(28年5月1日撮影)
(『5月1日の江戸川…3』につづく)

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江戸川橋梁を前にしたあたりで、トラスの下に目指す国府台の緑のラインが! 7年前と変わらぬ姿を遠望して、一刻も早く麓に近づきたくなり、ついスロットルを倒してしまいました。


●上とあまり変わらない角度で恐縮ですが、さえぎるもののなくなったところで、全容を一枚収めておきたくなったのです。イヤ、久しぶりの訪問が好天下、しかも新緑の季節で本当によかった!

あっ、水際に背の低い護岸ができている‥‥。まだコンクリートの色が新しいですから、最近の竣工でしょう。以前(『江戸川散歩…3』参照)は土が露出していたのか、草が生えるに任せていましたから、洗掘を防ぎ、堤防を守るために施工されたのでしょう。

●台地の裾を、河水が直接洗うあたり。護岸は途切れて一段引っ込んだような形になり、代わりにテトラポッドの列が姿を現わします。大屈曲のアウトコース、早まる流速によって洗掘される岸を守る手立ては、これも変わらず怠りなし。
それにしても、もくもくと生い茂る新緑の瑞々しさ! やはりこの季節こそ、国府台が景勝地として最も輝くときに違いないと、一人うなずいたのでありました。
(28年5月1日撮影)
(『5月1日の江戸川…3』につづく)

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国府台に魅せられて

●あるときふと、「江戸川の国府台を、久しく見ていないなあ」と気づかされて、過去の写真をほじくり返してみました。
過去ログのころから、すでに何度か触れましたが、東京近郊では数少ない、緑したたる台地の崖線が流路に迫る、いわば水路の景勝地といってもよいところです。
●青空の下、もくもくとした豊かな森を河水が洗うような、いかにも国府台といった写真があったはず‥‥と探してみると、見られそうなのは上に掲げた、21年6月7日撮影のもののほか、数枚くらい。足かけ7年前とは、ずいぶんご無沙汰してしまったものです。
写真を眺めていたら、水が温み、葉の色も鮮やかになる新緑の季節に、久しぶりに訪ねてみたくなりました。遠目には布団をかぶせたような、どこかふわりとした質感の緑のライン、大屈曲のアウトラインを走る堤防が、大地の裾に吸い込まれてゆく独特の風情に、変わりはないでしょうか。

●(市川名所)鴻之臺附近江戸川ノ清流(水月堂發行)
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行
●上の写真と近い角度から撮った絵葉書があったことを思い出して、アルバムをひっくり返してみました。すでに「利根川高瀬舟の写真四題」でも、国府台を題材にした昔の絵葉書を2点紹介しているので、併せてご覧ください。
端舟を曳いた高瀬舟が、順風を得て続々と遡上する光景! これがカラーだったら、満々と風をはらんだ白帆が、バックの緑に映えて、目に沁みるような美しさだったことと思います。当時の写真師にも、「絵になる風景」として認識されていたのでしょうね。また、仮に撮影が大正の半ばだったとして、江戸時代とさして変わらぬ舟航風景が展開されていたことにも、興味を大いにそそられるものがあります。
●関東はともかく、目を全国に広げれば、平野で山を間近に見る、あるいはちょっとした高台が迫る可航河川というのは、多くないとはいえ、決して珍しいものではないでしょう。
それでも、国府台にどこか「別格」という感じがしてしまうのは、自艇の行動範囲内という身内びいきもありましょうが、ここが関東の大水運時代を支えた、メインライン中のメインラインであったことが大きいと思います。大型川船がひきもきらず上下し、白帆が絶えることのなかった大河だったからこそ、こういった絵葉書の題材として、たびたび取り上げられたのではないでしょうか。
●船影濃かったかつてはもちろん、今なお水路の名勝であることは疑いのない国府台ですが、いにしえを思い起こさせるイメージがあると、興趣ますますそそられるものがあります。おりしも水ぬるむ季節、金町の取水塔とあわせて、河水洗う新緑の台地を久しぶりに訪ねてみたいものです。

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江戸川散歩…3
(『江戸川散歩…2』のつづき)
●江戸川から真間川が分流する地点には、対照的な二つの樋門があります。
右の2径間のものが、ラックを頭上に突き出した、質実剛健な雰囲気なのにくらべ、左のものは控えめながら装飾(?)が施され、顔のようでちょっとユーモラス。左は、根本排水機場の樋門のようですね。
【撮影地点のMapion地図】
●国府台の先端を眺めて。巨大な下総台地の、半島のように張り出した部分で、麓に沿って家屋が点在し、まるで箱庭のような風景です。
写真集「利根川高瀬舟」(旧大利根博物館刊)には、大正時代の国府台から俯瞰撮影した、たくさんの高瀬舟が、いっせいに白帆を上げて遡上してゆく写真が掲載されています。
まさに圧倒的と言ってよい、素晴らしい舟運シーンが後世に残ったのも、関東の大河に面した水辺としては珍しい、この丘陵のあったお陰で、水運趣味的に見ても、印象深い地形であるわけです。
●上るにつれて、国府台の麓は水辺に迫り、ついには堤防を飲み込んで、江戸川の水と接するまでになります。
このあたり、江戸時代に、神田山(本郷台)に接して設けられた、神田川の柳原土手に近いものを感じます。もちろん、神田川が本郷台を掘り割って作られた、人工の川という違いはありますが。
●国府台下で唯一、法面が川に向かって開かれている場所。この真上はちょうど、国府台城跡がありますから、昔の河岸の跡でもあるのでしょうか。
ミニボートやPWCの上下架スポットとして、なかなか良さそう。クルマが多く停まっているところを見ると、釣りの穴場でもあるのでしょうね。
●上流側からの遠望。江戸川は、下総・大宮の両台地に挟まれた、巨大な「谷」を流れていると言えますが、この角度から見ると、まさに沖積低地果つるところ、といった感を強くします。
高い建物のなかった昔、この緑濃い国府台を目にした下り舟の水夫たちは、東京まであと一息、と、舟を操る手に力をこめたに違いありません。
(21年6月7日撮影)
(『柳原水門の表情』につづく)

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右の2径間のものが、ラックを頭上に突き出した、質実剛健な雰囲気なのにくらべ、左のものは控えめながら装飾(?)が施され、顔のようでちょっとユーモラス。左は、根本排水機場の樋門のようですね。
【撮影地点のMapion地図】

写真集「利根川高瀬舟」(旧大利根博物館刊)には、大正時代の国府台から俯瞰撮影した、たくさんの高瀬舟が、いっせいに白帆を上げて遡上してゆく写真が掲載されています。
まさに圧倒的と言ってよい、素晴らしい舟運シーンが後世に残ったのも、関東の大河に面した水辺としては珍しい、この丘陵のあったお陰で、水運趣味的に見ても、印象深い地形であるわけです。

このあたり、江戸時代に、神田山(本郷台)に接して設けられた、神田川の柳原土手に近いものを感じます。もちろん、神田川が本郷台を掘り割って作られた、人工の川という違いはありますが。

ミニボートやPWCの上下架スポットとして、なかなか良さそう。クルマが多く停まっているところを見ると、釣りの穴場でもあるのでしょうね。

高い建物のなかった昔、この緑濃い国府台を目にした下り舟の水夫たちは、東京まであと一息、と、舟を操る手に力をこめたに違いありません。
(21年6月7日撮影)
(『柳原水門の表情』につづく)

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