羽田周辺の船溜めぐり…3

(『羽田周辺の船溜めぐり…2』のつづき)

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呑川水門の前に到着。水門の名前でもおわかりように、ここは呑川のかつての河口で、旧河道のほとんどは昭和57年5月に埋め立てられ、緑地化されました。残された、全長わずか120mあまりの水面を、北前堀同様、船溜として利用しているのです。

こうして水門を前にしても、特に「呼ばれていない」感じはせず、風も収まってきたのか、艇はきわめておとなしく応えてくれます。さっそくお邪魔してみましょう。

20057.jpg水門をくぐると、思ったより幅のある水面が広がっていました。小河川とは言え、旧河口の貫禄でしょうか。住宅や小工場の建屋が水辺に並び、落ち着いたいい雰囲気です。

繋留艇は、左手に槍付けで整然と並び、右手に広く水面が確保されているのも好印象…。



20058.jpg水面の奥をのぞいてみると、雑草の茂った、砂のままの水辺のようです。その向こうの林は、緑地帯の東端でしょうか。いかにも「埋め立てたまま」といった感じ。手前では、水鳥の遊ぶ姿が見られました。

奥に漁船が一艘、ぽつりともやわれているほかは、かつて海苔舟が岸を埋めて連なり、両岸には海苔干場が果てしなく続いていたといわれる、最盛期の呑川の姿を髣髴させるよすがはありませんでした。

20059.jpg入口付近の両岸は、石組みの法面護岸で、わずかに河口であったころの雰囲気をしのばせます。フェンスの上には、鴨さんがひとりぼっちで休憩中。

眠たかったのでしょうか、艇を近づけても全く動じず、つぶらな瞳ででじっとこちらを見つめていました。


20060.jpg水門を裏側から。何分「量産型」水門ですので、南前堀・北前堀のそれとそう変わりはありませんが、堰柱天端に、テレビのアンテナが立っているのがちょっと変わっています。かたわらに建っている、官舎で使っているものでしょうか。

なお、呑川の現河道(新呑川)については、過去ログ「新呑川…1」以下のシリーズに航行記が掲載してあります。ご参考まで。
撮影地点のMapion地図


(21年12月13日撮影)

(『羽田周辺の船溜めぐり…4』につづく)

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タグ : 旧呑川 呑川水門 平和島運河

平和島運河


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平和島運河
所在地:東京都大田区大森東2~大田区大森南5
延長:1.8km
最小水深:A.P.-1.0m
最小桁下高:A.P.+4.5m
メモガスミオ運河青印)を入口とし、昭和島の西、大森との間を隔てる水路と、京浜南運河赤印)と干潟を二分し、京浜運河海老取運河緑印)を結ぶ南方水面に分けられる。運河の名称となった、平和島西側を通る水路は、昭和56年に埋め立てられ、後に平和の森公園が整備された。
大森側に内川水門(青鋲印)、貴船水門(赤鋲印)、呑川水門(緑鋲印)(いずれも一径間)がある。北端には業務船の船溜が、また各水門の奥も船溜になっており、地元の船の出入りがある。
南方水面は、多摩川を経て神奈川方面に抜ける、内水ルートの一部であり、各河川に船溜が多い水域であることもあって、業務船・プレジャーボートを問わず、通航が頻繁である。
航空写真でもわかるように、水面中央に干潟があるため、澪筋は昭和島と大森に沿って、迂回するような形で通っているが、これを知らずに直行しようとして、干潟に乗り上げる事故が絶えない。干潟の北西角には、オレンジ色のブイ(空色印)も設置されているので、特に満潮時はよく確認してから通航したい。
また、昭和島の西から南方水面に出る部分、モノレール高架の直下あたりは非常に浅く、干潮時の航行が困難な場合がある。
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