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ひょうたん島周遊船…10

(『ひょうたん島周遊船…9』のつづき)

239196.jpg冨田橋をくぐると、先ほど船着場に向かって歩いていたとき眺めた、下水道の水管橋が見えてきました。両国橋の船着場も間もなくで、名残惜しい感じがしますね。

で、冨田橋からかつて発着していた、川汽船のことです。Wikipedia「阿波電気軌道」および「吉野川連絡船」に記述がありますが、阿波電気軌道(後に阿波鉄道)が、吉野川への架橋ができず、代用として大正5年から運航した渡船で、吉野川北岸の中原から新町川を経て、冨田橋に達する川汽船航路だったそう。

図録「徳島近代交通史―船から鉄道へ―」(PDF・徳島県立文書館発行)の11ページには、渡船の写真が掲載されていました。渡船は巡航船と称され、大正5年の開通当初は大麻丸、妙見丸と2隻の船が、1日8往復、中原~冨田橋間を片道45分で結んだとのこと。

阿波鉄道が国有化された2年後、昭和10年に吉野川橋梁が竣工し、高徳線が徳島まで開通したため、役目を終えた航路は廃止されましたが、徳島にも川汽船の活躍した時代があって、この新町川に爆音を轟かせていたことを知り、興味もいや増すものがありました。

239197.jpgそうそう、9月21日は業界の集まりで京都に行ったのですが、その翌日嵐山に散策としゃれ込み、トロッコ嵯峨駅に併設された資料館で、保存されていた蒸気機関車を見たときのことです。ふと目に留まったこの機関車、何と、もと阿波鉄道の機関車だったのだそう!

「ずいぶんアンバランスで、面白い形の機関車だな」と思い撮ったのですが、何かご縁を感じたことではありました。もっとも、旧国鉄時代に大改造され、昔日の面影はほとんどないようでしたが。閑話休題。

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両国橋の下から船着場を望んで。艇が近づくと、出発時には見かけなかった外人さんの女性スタッフがお出迎え。もやいを取っててきぱきと着桟作業をこなしてくれました。船長にお礼を言上して下船します。

初めての徳島の川めぐり、お天気にも恵まれて大いに楽しめました。撫養航路を体験できなかったのは、かえすがえすも残念ではありましたが、捲土重来を期すといたしましょう。

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すでに触れたように翌日、15日の午前中に再度乗ったときですが、桟橋を訪ねるとちょうど満員の便が出た直後。座って待っていたら船長が現われ、臨時便を出して下さるとのこと! ありがたく乗せていただくことに。

我々だけの貸し切り状態で、二度目のこととて前日のような観光ガイドこそありませんでしたが、前回以上にもう飛ばすこと飛ばすこと! 先に出た便に追いつかんばかりの爆走ぶりで、これまた痛快な走りを堪能させてくれたのでした。

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おまけ。15日に船着場へ向かう道々、ふれあい橋の橋詰近く、池と東屋をあつらえたテラスの近くを通ったら、丸々とした鴨さんの一群がボリボリと羽づくろい中。

とや(換羽期)で全身がムズムズするのか、こちらを見もせず一心不乱にかきむしっていて、近づいても逃げません。その可愛らしいしぐさに魅せられて、しばらく見入ってしまったことではありました。
撮影地点のMapion地図

(元年9月14・15日、22日撮影)

(『徳島城址と眉山』につづく)

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タグ : 新町川 助任川 ひょうたん島周遊船 徳島市 水辺の鳥たち

ひょうたん島周遊船…7

(『ひょうたん島周遊船…6』のつづき)

239181.jpg南東に向いた河道を下り、徳住橋をくぐった直後にふたたびの分流点が。左は住吉島川で、沖洲川を経て吉野川へ出ることができます。ここの角っこもスクエアっぷりがいいですね。

助任川は先ほど同様右手ですが、見えてきた橋がちょっとが妙な形ですね。桁の下に橋脚とは違った、変にカサのある中之島のような台形の何かが。近づいてみると‥‥。

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いや‥‥何とも形容しがたい光景で、言葉を失うほど。
河道中央、やや左手寄りに石垣組みの構造物があり、桁はその上を避けて、ちょうどかぶさるような格好になっていました。遠目に見ても、桁や橋脚の形がアンバランスで、少々苦しい感じがします。名前は福島橋。

石垣組みのこれ、私の知る範囲で似たものといえば橋台ですが、橋台というには岸から離れており、また橋脚としては大造りに過ぎ、前後をとがらせるような、流速への配慮もなされていません。例えれば、昔風の城郭の櫓か、灯明台の基礎がデンと河道を塞いでいるような。正直実に奇妙な感じがしたものでした。

失礼ですが笑ってしまったのが、せっかく径間中央に「航路」と大書きしてあるのに、径間の半分以上がこの構造物で占められているということ! 「航路」の表示は、も少し右に寄せた方がよさそうですね。

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橋をくぐってみると、これまた変わったつくりでした。歩道部分が西側に湾曲していて、直進する車道との間に半月形の開口部が作ってあり、石垣のそれを橋上から眺められるような構造になっていたのです。

たびたび引用している「阿波の橋めぐり」によると、創架は延宝2(1674)年、この石垣組みが遺されているのは、江戸期に架橋工事が困難なことから、山伏を人柱に供したという伝説があり、ために文化財として保存されているとのこと。この中に、人柱を埋めたということでしょうか。

この人柱伝説はよく知られているようで、検索すれば多くの記事がヒットしますが、石垣組みが何者であるかについては、どれも納得のゆく解説がありませんでした。河道の真ん中に、いわば橋脚代わりとして中之島を築造したと解釈していいのかな‥‥。

ともあれ、河中の遺跡を大切にする心意気とともに、変わり形の橋として印象に残ったものでした。江戸期の土木構造物が保存されているという意味でも、とても意義深いものですね。

239184.jpgお次の福島新橋も変わり形で、西詰で二又になった橋です。二本とも同名を名乗っていながら、北側のRC橋が市道、鋼桁橋が県道というのも面白いですね。

しかも、かつては河口港として船舶の通航が頻繁だったため、先々代橋は昭和5年竣工の可動橋だったとのこと。今やその面影はありませんが、超絶に低いのは個人的に好みど真ん中でした!

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助任川としては最終橋、中洲みなと橋をくぐると視界が開け、船影も濃くなって賑やかになりました。新町川に戻ったのです。

写真は丁字流から左、河口を見たところで、紅白の主塔を持つ大きな斜張橋は、県道29号線末広大橋。船は右へ折れ、いよいよ最終コースとなります。
撮影地点のMapion地図

(元年9月14日撮影)

(『ひょうたん島周遊船…8』につづく)

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タグ : 助任川 新町川 ひょうたん島周遊船 徳島市

ひょうたん島周遊船…6

(『ひょうたん島周遊船…5』のつづき)

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南岸、城山の山裾をアップで。ご当地特産、青石の石垣の積み方が豪快というか、野趣にあふれた滋味があって、珍しく見入りました。船長の説明では、この「く」の字を縦に重ねたようなパターンが、江戸時代の古い石垣なのだとか。

阿波青石は節理の関係で、板状に割れやすい性質を持っているそうです。石垣にはいま一つ適していないように思えますが、この護岸はその性質をうまく利用したものなのですね。

239177.jpg城山の対岸、こちらのパターンは最近の施工によるもの。芯はコンクリート堤防でしょうから、石垣というより化粧板ですね。

汽水域なので湛水線付近には貝がつくのですが、石材の質感や積み方がよいせいでしょうか、かえって味わいがあるくらいです。


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南岸に視線を戻すと、城山の山裾が途切れて平地が見えたあたり、桟橋状のテラスに挟まれて、広々とした間口の雁木(階段)が。

往時のものではないのでしょうが、気軽に水面まで降りられる場所があるのってよいものです。カヤックなどのエントリーにもよさそうですね。

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公園の東は助任橋、国道11号線の新助任橋が隣接して架かっているのですが、どちらもまあ低いこと。すり抜け好きな性癖がくすぐられますだ。

写真は新助任橋で、幅があるだけにその圧迫感もひとしお。船長の「頭を下げてください!」との声を聞きながら、脳内では「うひょひょひょ」と一人盛り上がっておりました。

239180.jpg橋桁が頭上低く飛び去って顔を上げると、針路中央にマンションが一つそびえる他は、青空が広がる爽快な川景色。

テラスはふたたび途切れたものの、堤防の一面に青石の化粧板が施され、よい雰囲気です。マンションのあるあたりはちょうど二又になっていて、左からくる大岡川との合流点。船は右に舵を切って、ひょうたん島の東端部を南下します。
撮影地点のMapion地図

(元年9月14日撮影)

(『ひょうたん島周遊船…7』につづく)

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タグ : 助任川 ひょうたん島周遊船 徳島市

ひょうたん島周遊船…5

(『ひょうたん島周遊船…4』のつづき)

239171.jpg三ツ合橋をくぐって、助任川に入りました。屈曲を過ぎると両岸の家並が低くなり、空が広くなった感じ。地表高が新町川より低いのでしょう、堤防が積み増されているのがわかります。

正面奥に、徳島城址のある城山が見えてきました。鳴門市もそうでしたが、水辺近くに独立丘がぽこり、ぽこりと顔を出すご当地の風景、よいものですね。

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239173.jpg助任川に入って初めての橋、前川橋とその向こう、西の丸橋はともにコンクリート生地のままの地味なRC桁橋ですが、桁下高がぐっと低くなって、すり抜け愛好家としてはそそるものが。

西の丸橋を過ぎたあたりから、両岸にテラスが復活。右手、南岸は徳島中央公園の北西端。徳島駅のすぐ北に当たり、敷地内に県立中央武道館、市立内町小があります。

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そして左手、北岸のテラスは助任川河岸緑地。堤防から河道内へ、前進した形で設けられたテラスです。派川の落とし口らしい、テラスを途切れさせたスペースを利用する形で、ポンツン桟橋が縦に設けられていたのを発見。

文学書道館・寂聴桟橋が出来る」によると「文学書道館 寂聴桟橋」と名付けられているそう。ご当地出身の瀬戸内寂聴氏の名を冠した船着場なのですね。記事によれば、ひょうたん島周遊船のコースには入っている書き方でしたが、定期的に立ち寄るわけではないようです。今回も特にアナウンスはなく、通過でした。

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ふたたび右手、城山が山裾を河水に接し、もくもくとした木々が水面にかぶさるさま、いいですねえ! 江戸川の名勝・国府台をスケールダウンしたような川景色で、どこか箱庭的な魅力を感じたものでした。
撮影地点のMapion地図

(元年9月14日撮影)

(『ひょうたん島周遊船…6』につづく)

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