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新潟の川蒸気・安進丸の「*」は‥‥

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新潟の川蒸気史覚え書き」の冒頭に掲載したこの1枚。萬代橋北詰にもやう、安進丸とみられる外輪川蒸気の写真で、外輪カバーの「『*』に見える文字は、社章など何かのシンボルだろうか?」と疑問を呈して、そのまま調べもせず(ごめんなさい)早や8年。
ちなみに上に掲げたものは、「新潟の川蒸気ふたたび」に再録した、同じ写真の高解像度版です。

新潟訪問の際にも資料をご案内いただいてお世話になった、新潟市歴史博物館・みなとぴあのTwitterを先日、たまたま発見。興味深く拝読していたところ、いきなり8年来の謎が解明して、躍り上がったのであります!

「*」が社名の上と外輪カバーに!! 旗も掲げられている!
この扱いから見て、社章と思って間違いないでしょう。8年来の謎がおかげさまで氷解、みなとぴあのウェブご担当様に、厚く御礼申し上げます!

絵柄からして、最初、引き札か何かと思っていたら、この一つ前のツイートによれば、明治22年刊の「北越商工便覧」掲載のものだそう。

明治の中ごろとて、社屋も普通の商家らしい造りで、道ゆく人もほとんどが和装のようですね。しかし、この単純明快な社章の由来を知りたいものです。意外と「外輪のスポークから採った」とか、意匠にたがわずシンプルな理由だったりして。

過去のツイートを追って拝見してゆくと、安進社の社章がもう一つ見つかりました。こちらは初代の五姓田芳柳(生没年:文政10年~明治25年)による、北詰から見た萬代橋を描いた絵画。橋を渡る一人一人の仕草や装い、親柱の文字一つ一つ、それに遠くの川面には川蒸気船もと、細部まで描き込まれていて、眺めているだけで楽しくなりますよね。

こちらの絵が嬉しかったのは、安進社の社章の色が赤かったことを、今に伝えてくれたことです。安進社は、明治19年に安全社と彙進社が合併してつくられた船社ですが、当時の経営者たちは、企業のイメージカラーというべき真っ赤なアスターリスクに、どんな想いを込めたのでしょうか‥‥。

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タグ : 信濃川 川蒸気船 絵葉書・古写真

新潟の川蒸気ふたたび

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久しぶりに、新潟の川蒸気たちの姿を愛でて楽しもうと、絵葉書のアルバムを繰って選んだ8点をご覧に入れます。

新潟の川蒸気史覚え書き」をアップした8年前とくらべて、ブログサービスのアップロード容量もずいぶん余裕ができたこともあり、うち2点を前回の再録とし、いずれもサイズを大きく、より堪能できる解像度とさせていただきました。

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タグ : 信濃川 川蒸気船 絵葉書・古写真

新潟日報の川蒸気特集に‥‥

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お知らせが遅くなり恐縮ですが、4月2日付新潟日報の「おとなプラス」欄、特集「川蒸気 交通の黄金時代」のお手伝いをさせていただきました。所蔵の絵葉書2枚と、電話取材によるコメント(ほんの一言ですが)が掲載されたものです。

7年前、「新潟の川蒸気史覚え書き」でもお話ししたように、新潟の川蒸気航路はかつて全国でも有数の規模を誇っていて、河川舟運ファンとしても見逃せない地域。川蒸気を意匠にしたお菓子「河川蒸気」もあるように、関心は決して低くなく、むしろ関東にくらべて親しまれている感じすらします。

記事では地元の研究者として、新潟市歴史博物館「みなとぴあ」の伊東佑之館長、新潟大学大学院の原直史教授ほかの解説があり、航路図や貴重な写真も掲載されて、読み応えのある内容でした。何分新聞なので、見かけたらぜひお手に取って‥‥といえないのが残念です。

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タグ : 新潟日報 川蒸気船 信濃川

新潟の川蒸気史覚え書き

だいぶ時間が経ってしまいましたが、昨年8月に新潟市歴史博物館にうかがった際(『新潟市立歴史博物館と河畔散歩』参照)、情報ライブラリーでご提供いただいた史料から、興味深かった部分をピックアップしてみました。例によって古い写真や絵ハガキとともに、いくつか紹介させていただきます。

なお、越後平野の近代河川舟運史については、すでに「続・川蒸気のイメージを求めて」で紹介した「報告(5) 『川蒸気船の活躍』加藤 功 氏」に、非常によくまとめられた概説があり、当時の航路図も掲載されているので、ご一読をお勧めします。

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ご当地銘菓、その名も「河川蒸気」!

(『朱鷺メッセから眺める新潟…3』のつづき)

いやもう、今回新潟を訪ねるまでまったく知らなかったあたり、川蒸気バカとしてお恥ずかしい限りであります。ご当地の、それも全国区で名の知れたお菓子に、「河川蒸気」なる、そのものズバリの商品名のものがあったなんて!

新潟から帰宅した直後にも、テレビ番組で人気ぶりが紹介されており、ますます自分の無知を恥じ入った次第。全国から注文が殺到し、生産量に限りがあるため発送に数日かかることも少なくないのだとか。
ちなみに製造元は、新潟菓子工房・菜菓亭です。

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この、泣かせるイラストをご覧ください! 

川蒸気バカの目から見ても、十分鑑賞に堪えるディテールを備えているあたりも嬉しく、それでいて誰が見てもいやみのない、ほっこりとした味がありますね。

外輪カバーの前後に、大振りな階段が造りつけられたように描かれていますが、これは間違いではなく、実際にこのような造りの船がいたのです。その他、煙突の横にエントコック(キセル型通風器)がないこと、屋根上に荷物や人が載っているところなども、当時の写真と合致しています。

イラストとしてモディファイしながらも、きちんと資料を見て描かれたことがわかり、製造元やイラストレーターの方の真摯さが感じられて、なおさら感動が深いものになりました。

ちなみに上の写真は、下から時計回りに箱を包んでいた包装紙、手提げ袋、お菓子の個別包装、同梱の商品カタログで、背景やコピーのパターンがそれぞれ異なり、眺めていても楽しいものでした。

70305.jpgさっそく開封してみると、ふわりとした半円形の生地に、小豆のクリームがはさまれたもの。ちょっとこってり目ですが、甘いものが好きな向きにはたまらないでしょう。

お菓子本体に、蒸気船の絵柄が刷ってあるわけではないものの、見方によっては、この半円形が外輪カバーを模したように見えないこともありません。

製造元サイトの説明によると、製造当初の商品名は「蒸しどらやき」だったそうで、後に素材や製法を改めてから、名前も「新潟の経済・文化に一大革命をもたらせた」(製造元サイトのコピーより)蒸気船にあやかって、「河川蒸気」としたのだとか。

蒸気船の持つ、「明治のハイカラ」っぽい雰囲気と、洋風を加味した和菓子(?)というあたりに、どこか通じるものを感じての命名のように思えます。それにしても、よい題材を選んでくれたものですね。

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先代の萬代橋近くにもやう川蒸気と、川舟・コウレンボウ。大正末~昭和初期の絵葉書より

ちなみに、こちらで「ご当地の呼び名は『河川蒸気』」などと書いたのは、このお菓子の存在に引っかけてのことだったのですが、新潟市歴史博物館で購入した史料をいくつか読んでみたところ、当時の通称として「大川蒸気」「外車(ソトグルマ)」「川蒸汽」などが挙げられており、本文での呼称は「川蒸汽船」「川汽船」とされ、「河川蒸気」なる呼び方は、ついぞ出てきませんでした。

川蒸気の現役当時、本当に「河川蒸気」と通称されたのかは、そんなわけで今のところ謎なのですが、少なくともこれからは、ご当地ではこの呼び名が広く一般化してゆくことは疑いなく、また川蒸気を商標とする、というアイデアがさらりと出てくるあたり、この地がかつて水運王国で、川をゆくフネブネがいかに人々の記憶につよく焼きついていたかを示す、何よりの証拠のように思えます。

恐らく全国で唯一の、川蒸気の名を戴き、またその姿をパッケージ上に留めた、まさに水運趣味横溢のお菓子! 末永く盛業されんことを、心より願っています。

【8月9日~10日の項の参考文献】
新潟の舟運 ~川がつなぐ越後平野の町・村~  新潟市歴史博物館
船と船大工 湊町新潟を支えた木造和船  新潟市歴史博物館
絵図が語るみなと新潟  新潟市歴史博物館
白根市史 巻七 通史  新潟県白根市
豊栄市史 民俗編  新潟県豊栄市
運河と閘門(久保田 稔 ほか著)日刊建設工業新聞社


(この項おわり)

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