新潟の川蒸気史覚え書き

だいぶ時間が経ってしまいましたが、昨年8月に新潟市歴史博物館にうかがった際(『新潟市立歴史博物館と河畔散歩』参照)、情報ライブラリーでご提供いただいた史料から、興味深かった部分をピックアップしてみました。例によって古い写真や絵ハガキとともに、いくつか紹介させていただきます。

なお、越後平野の近代河川舟運史については、すでに「続・川蒸気のイメージを求めて」で紹介した「報告(5) 『川蒸気船の活躍』加藤 功 氏」に、非常によくまとめられた概説があり、当時の航路図も掲載されているので、ご一読をお勧めします。

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ご当地銘菓、その名も「河川蒸気」!

(『朱鷺メッセから眺める新潟…3』のつづき)

いやもう、今回新潟を訪ねるまでまったく知らなかったあたり、川蒸気バカとしてお恥ずかしい限りであります。ご当地の、それも全国区で名の知れたお菓子に、「河川蒸気」なる、そのものズバリの商品名のものがあったなんて!

新潟から帰宅した直後にも、テレビ番組で人気ぶりが紹介されており、ますます自分の無知を恥じ入った次第。全国から注文が殺到し、生産量に限りがあるため発送に数日かかることも少なくないのだとか。
ちなみに製造元は、新潟菓子工房・菜菓亭です。

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この、泣かせるイラストをご覧ください! 

川蒸気バカの目から見ても、十分鑑賞に堪えるディテールを備えているあたりも嬉しく、それでいて誰が見てもいやみのない、ほっこりとした味がありますね。

外輪カバーの前後に、大振りな階段が造りつけられたように描かれていますが、これは間違いではなく、実際にこのような造りの船がいたのです。その他、煙突の横にエントコック(キセル型通風器)がないこと、屋根上に荷物や人が載っているところなども、当時の写真と合致しています。

イラストとしてモディファイしながらも、きちんと資料を見て描かれたことがわかり、製造元やイラストレーターの方の真摯さが感じられて、なおさら感動が深いものになりました。

ちなみに上の写真は、下から時計回りに箱を包んでいた包装紙、手提げ袋、お菓子の個別包装、同梱の商品カタログで、背景やコピーのパターンがそれぞれ異なり、眺めていても楽しいものでした。

70305.jpgさっそく開封してみると、ふわりとした半円形の生地に、小豆のクリームがはさまれたもの。ちょっとこってり目ですが、甘いものが好きな向きにはたまらないでしょう。

お菓子本体に、蒸気船の絵柄が刷ってあるわけではないものの、見方によっては、この半円形が外輪カバーを模したように見えないこともありません。

製造元サイトの説明によると、製造当初の商品名は「蒸しどらやき」だったそうで、後に素材や製法を改めてから、名前も「新潟の経済・文化に一大革命をもたらせた」(製造元サイトのコピーより)蒸気船にあやかって、「河川蒸気」としたのだとか。

蒸気船の持つ、「明治のハイカラ」っぽい雰囲気と、洋風を加味した和菓子(?)というあたりに、どこか通じるものを感じての命名のように思えます。それにしても、よい題材を選んでくれたものですね。

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先代の萬代橋近くにもやう川蒸気と、川舟・コウレンボウ。大正末~昭和初期の絵葉書より

ちなみに、こちらで「ご当地の呼び名は『河川蒸気』」などと書いたのは、このお菓子の存在に引っかけてのことだったのですが、新潟市歴史博物館で購入した史料をいくつか読んでみたところ、当時の通称として「大川蒸気」「外車(ソトグルマ)」「川蒸汽」などが挙げられており、本文での呼称は「川蒸汽船」「川汽船」とされ、「河川蒸気」なる呼び方は、ついぞ出てきませんでした。

川蒸気の現役当時、本当に「河川蒸気」と通称されたのかは、そんなわけで今のところ謎なのですが、少なくともこれからは、ご当地ではこの呼び名が広く一般化してゆくことは疑いなく、また川蒸気を商標とする、というアイデアがさらりと出てくるあたり、この地がかつて水運王国で、川をゆくフネブネがいかに人々の記憶につよく焼きついていたかを示す、何よりの証拠のように思えます。

恐らく全国で唯一の、川蒸気の名を戴き、またその姿をパッケージ上に留めた、まさに水運趣味横溢のお菓子! 末永く盛業されんことを、心より願っています。

【8月9日~10日の項の参考文献】
新潟の舟運 ~川がつなぐ越後平野の町・村~  新潟市歴史博物館
船と船大工 湊町新潟を支えた木造和船  新潟市歴史博物館
絵図が語るみなと新潟  新潟市歴史博物館
白根市史 巻七 通史  新潟県白根市
豊栄市史 民俗編  新潟県豊栄市
運河と閘門(久保田 稔 ほか著)日刊建設工業新聞社


(この項おわり)

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タグ : 川蒸気船 信濃川 萬代橋 絵葉書・古写真

朱鷺メッセから眺める新潟…2

(『朱鷺メッセから眺める新潟…1』のつづき)

70291.jpgすでにタイトルでもご覧に入れましたが、朱鷺メッセからほぼ北、信濃川河口西岸から、万代島フェリーターミナル、新潟西港の一部までを一望したところ。

はるかに日本海と、そこに注ぎ込む褐色の河水がくっきりと境界をつくる風景、それにフネブネの姿も視界のうちに多数見られて、実に楽しい角度です。


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やはり、ひゅっと吸い寄せられてしまうのが、昨日9日の朝以来、たびたび目を奪われてきた浚渫船、第二翠龍号の働く姿。

ちょうどグラブを開き、水面に突っ込まんとするところで、土運船がひたひたに泥を満たしたさまも見ることができました。これだけでも展望室に上がった甲斐があったというものです。

70293.jpg万代島の先端、佐渡汽船のフェリー乗り場に目を転じると、ちょうどジェットフォイルが入港してくるところでした。

ここ佐渡航路は、国内で初めてジェットフォイルが就航した航路。今でこそ東京港でもなじみ深い存在になりましたが、以前は新潟に来なければ見ることのできない船で、子供のころはよく、雑誌のカラー口絵を見てはため息をついたものです。

70294.jpgその右側にもやう白い船体は、もちろん巡視船。「ひだ」型巡視船3隻のネームシップ、「ひだ」です。

1800t、ヘリ甲板まで設けた大型巡視船ながら、30kt以上の速力を持つ韋駄天と頼もしい限り。排気は煙突でなく舷側の排気管からなので、白い船体にべったりと煤がついてしまうのが、見た目上ちょっと残念なところ。

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東側の水路、新潟県水産会館の前あたりに、何やらカッコイイ船が! 細身の船体に見張り台を備えたブリッジ、そして船尾には装載艇のためにウェル・ドック(?)まで設けていますね。

漁船には違いないのでしょうが、どんな仕事をする船なのでしょうか? ちなみに船名は第十八陽光丸、静岡県焼津市とありました。


(23年8月10日撮影)

(『朱鷺メッセから眺める新潟…3』につづく)

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タグ : 浚渫船 巡視船 ジェットフォイル 信濃川 新潟西港

朱鷺メッセから眺める新潟…1

(『満願寺閘門…4』のつづき)

70286.jpg満願寺閘門を離れて、ふたたび新潟市の中心部へ。途中、「山の下閘門周辺…2」でも触れた、新栗の木川の道路化部分「栗の木バイパス」を通ったので、さっそく旧護岸らしきコンクリート壁を一枚。

全てが埋め立てられたわけではなく、道路脇に水路を残している区間もあります。こういった川跡の道を見ると、首都高の河道利用区間(『川跡の首都高をゆく…1』ほか参照)を思い出しますね。

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楽しかった新潟の水路・土木構造物めぐりも、終わりが近づいてきました。最後は、今までめぐったところをいっぺんに眺め下ろしてみようと、万代島にある新潟随一の高層ビル、朱鷺メッセ31階にある展望室へ。

70288.jpg地上から125mの高さにある展望室の名前は、「Befcoばかうけ展望室」! 「ばかうけ」って、あのお煎餅の…何で? と思っていたら、ここの命名権を、関東でも名を知られた「ばかうけ」の栗山米菓が取得したのだとか。なるほど、売店では「ばかうけ」始め、栗山米菓の製品が売られていました。

好天とあって、眺望は最高レベル。この2日間、暑熱の厳しさには閉口させられっぱなしでしたが、天気の良さには本当に感謝したくなりました。

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70290.jpg南側から順に、眺めを楽しんでまいりましょう。信濃川上流を望むと、手前から柳都大橋、萬代橋、八千代橋と、昨日水上バスでくぐった橋たちが居並び、ヨットの泊地や、両岸の岸壁にもやうフネブネの姿が一望のもとに。

右の写真は、視点を東に移し、対岸の旧市街、船場町や新島町といった一角。今回、旧市街はほとんど見て回る余裕がありませんでしたが、いずれ機会があったら、堀割の跡を探索しながら歩いてみたいものです。
撮影地点のMapion地図

(23年8月10日撮影)

(『朱鷺メッセから眺める新潟…2』につづく)

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タグ : 朱鷺メッセ 信濃川 新栗の木川

山の下閘門周辺…1

(『新潟市歴史博物館と河畔散歩』のつづき)

二日目、夜明けとともに目が覚めました。信濃川の川向う、白煙をたなびかせる煙突群の間から、けむたそうな太陽が昇るいかにも工業都市らしい朝。今日もいい天気になりそうですね。

本日の第一目標は、あの工業地帯にあるんだと思うと、目がパッチリと覚めました。普段は極めて寝起きが悪いのですから、現金なものです。

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新潟市の東区北部の地図を見ると(Mapion地図)、信濃川河口近くから阿賀野川を結ぶかたちで、曲流しつつ東西に延びている細い水路が目に入るでしょう。その名を通船川といいます。

もう通船川という名前だけでも、意識が吸い寄せられるものがあるのですが、加えて、通船川と派川・栗ノ木川は、江東内部河川同様の水位低下化河川であること、またその両端には閘門が備えられ、通航を確保していることなどを知り、コレハ! とくるものがあったわけです。

信濃川と阿賀野川に挟まれたこの地域は、天然ガスや地下水の汲み上げによる地盤沈下で、ゼロメートル地帯となってしまい、ために外郭堤防や閘門、水位低下化の必要が生じました。
このあたり「ゼロメートル地帯を水害から守る  山の下閘門排水機場(新潟市東区)」(新潟土木構造物めぐり)に詳しいのでぜひご覧いただきたいのですが、旧市街の川向こうに工業地帯が発達し、水路がその動脈として機能してきたこと、地盤沈下に至ったいきさつなど、東京の下町低地によく似たところにつよく惹かれるのもがありました。

さらに、通船川はかつて信濃川河口に合流していた、阿賀野川の旧河道を利用してつくられた歴史もあるとのこと、お話だけでも腹いっぱいになりそうなネタ満載ぶりのこの地域、水路バカとして訪ねなければウソというものでしょう。

70127.jpg朝食もそこそこに宿を出て、山の下閘門前に到着。本日は広範囲に散らばった物件を欲張って周るため、さすがに自転車ではなく、まあフネでいえば艪走でなく機走です、はい。

入口前の植え込みには、「山ノ下閘門排水機場」という銘板がはめ込まれた自然石と、タービン翼車らしきものが飾られていました。

70128.jpg同じく植え込みにあった掲示板には、「ふれあい広場」なる開放区域の利用案内が。あれ、「山の下」と「山ノ下」、どっちなんだろう。まあ、「山の下」でいかせていただきましょう。図でおわかりのように、ダブルセクターゲートの閘門です。

事前情報で、閘室のすぐそばまでのスペースが、平日の日中は連日開放されていることを確認していたのですが…。


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ありゃりゃ、門扉が閉まっている。一瞬ガッカリしかけたのですが、考えてみたら、早く着き過ぎたことが判明。はやるあまりの勇み足でありました。

70130.jpg時間がだいぶあることがわかったので、周囲を散策することに。「終日開放区域」とされている遊歩道は、夏草が高く茂ってしんと静まり返り、人影はありません。

すぐ横には製油会社のものらしい、古びた油槽がいくつも迫り、いかにも工業地帯といった雰囲気。風のないじりじりとした暑さもあってか、ずいぶん昔に戻ったような錯覚に襲われました。
撮影地点のMapion地図


(23年8月10日撮影)

(『山の下閘門周辺…2』につづく)

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タグ : 信濃川 山の下閘門 通船川