最強可航河川・中川散歩…3

(『最強可航河川・中川散歩…2』のつづき)

30026.jpg三郷放水路、三郷水門が見えてきました。扉体の前を横断して張られたフェンスのブイ、以前にも増して草が生い茂り、ひょっこりひょうたん島さながらですね。草にとって、よほど環境が良いと見えます。

いえ、今回気になったのは草ではなく、水門の左側、土手の上にあるモノです。
撮影地点のMapion地図

30027.jpg
何だか、もの凄い生え方をしている木が。しかも1本ならず、頭上の障害物をぐにょりと避けて幹を伸ばし、枝を広げているさまは、鬼気迫るものすら感じさせます。

木の健やかな成長を阻んでいる鉄製の樋みたいなものは、先端が護岸沿いに降りて水中に消えているところを見ると、水位観測機器で間違いありますまい。木が先に生えていて、まだ若木のときに樋に覆われてしまったのか、樋が先にあって、下に溜まった土に種が根付いてこうなったのか…。木だけに気になってしょうがないです、はい。「気になる木」と命名したいくらい。

30028.jpgつくばエクスプレスのトラスをくぐり、八潮市と三郷市に挟まれた、大屈曲区間を遡上。

他の大河川同様、中川も河川改修によっていくつかの屈曲区間が失われましたが、ここはかつての面影を今に残す、雄大なカーブが魅力的。航行する船にとっても、流れが緩やかになり、渇水時の水位も保たれやすいなど、適度な屈曲はありがたい点もあるのです。

30029.jpg三郷放水路から上流の中川は、東岸、三郷市側の土手の上を、県道67号線が走っています。土手が低いこともあって、道路の案内板も目に入るため、流路を横断する橋が少ない割には、位置確認が高精度でできるあたりも、中川の面白いところ。

写真は、県道67号線と376号線の丁字路、谷口の交差点ですね。
撮影地点のMapion地図

30030.jpg
ええ、トリ好き写真は後でまとめようと思っていたのですが、こらえ性がないのでこれだけでも。仲良しのガチョウさんとマガモ君。

兄弟か夫婦のように、ピッタリと寄り添って離れません。周りには他の鳥が見られなかったことから、群れ同士がたまたま出会った、というわけでもなさそうです。種類の違う水鳥同士で、ここまで仲良しなのは珍しいのではないでしょうか? ヒナのころから、同じ人に育てられたとか、何か理由がありそうですね。


(22年5月4日撮影)

(『最強可航河川・中川散歩…4』につづく)

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タグ : 中川 三郷放水路 三郷水門 水辺の鳥たち

江戸川・三郷中之島覚え書き

水門先生と水路行…3」でお約束した、三郷中之島付近の澪筋などについて、覚え書き的に少し…。
航路情報うんぬんと言うよりは、ちょっと気になる点がいくつか思い当たったので。


上の写真は、平成7年8月に撮った、坂川放水路河口・松戸水門です。写真でもわかるように、西岸(水門のあるほうが東)にかなり寄った位置から撮っており、水門の基部は、手前にある中之島の木立で隠れているのがわかります。
撮影地点のMapion地図

これは、この前の航行で、下流側で中之島に寄せ過ぎ、結果座洲した反省から採った航路で、無事中之島付近を通過、常磐道流山インター上流まで到達しました。この時は、三郷放水路のかなり下流から西岸に寄せたことを憶えています。下のGoogleマップ上に描いた赤線が、おおむねその時の航路です。

すでにお話したように、今回は平成7年と同様、西岸寄りに遡上しようとして浅瀬につかまり、東に向けて進んだところ、澪筋が東岸寄りから中之島沿いにあることがわかり(航路はGoogleマップ上の青線)、かつての感覚とはだいぶ違うことを実感しました。
恐らく、現在の澪筋は、黄線で描いたように走っているように思われました。

すでに「江戸川限界遡上」にも書かれているように、佐藤氏には「坂川・三郷両放水路から流下する土砂が、このあたりの河床を上げ、澪筋を変えてしまったようだ」とお話したものの、帰宅してからGoogleマップに浅瀬の推定エリアを落としてみて、「ハテ、ちょっと違うかな?」と、また別の感想(イヤ、妄想に近いかな)を持つようになったのです。


ホンモノのGoogleマップで江戸川 三郷中之島付近を表示

まず、合流河川の堆砂で河床が上がった件ですが、常時水を流している坂川放水路はともかく、三郷放水路は逆に、年に数回あるかないかの放水時に、その流速で堆砂を押し流しているように思えたのです。
中之島下流付近から東岸に至る深みは、その前後の区間にくらべて唐突で、角度も三郷放水路の取付け角に一致しているため、そうでも考えなければ、説明がつかないように思えました。

三郷放水路からの放水は、中川が危険な状態にならない限りないはずで、いざ放水が始まれば、相当な流速で東岸下流方向に向かってぶつかるはずですから、この考えもあながち外れてはいないと思えるのですが、いかがでしょうか。

今回はまった浅瀬の推定エリアも、同じ考えから、上流側を三郷放水路の吐口の角度に合わせて描いてみました。もっとも、平成7年に通過したときは、たまたま水位が高かったので、気づかずに通ってしまった…という可能性も、否定できません。

今ひとつ…。ボート乗り諸先輩の非難も空恐ろしいので、念のため記しておくと、このあたりが動力船の遡上限界では、もちろんありません。

Googleマップの航空写真を拡大してご覧になればおわかりのように、中上流部にも結構な数の繋留船が見られます(私の艇より大きな艇も、たくさんありました)し、これは特殊な例ですが、大雨直後の増水時を狙って、関宿閘門を通られた方も、過去には一人ならずおられる(水路をゆく 過去ログ江戸川走破の快挙!』参照)わけです。

私のお世話になっている、ボートサービスの社長によると、流山付近で漁をしている舟の、船外機の整備を請け負っており、その舟は年に一回ほど江戸川を下って来て、エンジンの修理をしてこともなげに(!)帰っていくとのこと。

その社長ですら、「松戸のあたりから上は怖いから、上がりたくないねえ」と尻込みするのですから、まさに地場の、わずかな川船乗りしか知り得ない澪筋が延々と続く川、それがかつてのメインラインであった江戸川の、現在の姿なのでしょう。

お隣の中川が、三郷放水路のはるか上流まで、難なく遡上できる環境にあることを思うと、まさに動力船にとっては「航路の廃墟」と呼んで言い過ぎではない荒廃ぶりで、かつての賑わいを考えると、やはり寂しさがつのるのを、抑えることができません。


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タグ : 江戸川 三郷放水路 三郷中之島 松戸水門