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江戸川・三郷中之島覚え書き

水門先生と水路行…3」でお約束した、三郷中之島付近の澪筋などについて、覚え書き的に少し…。
航路情報うんぬんと言うよりは、ちょっと気になる点がいくつか思い当たったので。


上の写真は、平成7年8月に撮った、坂川放水路河口・松戸水門です。写真でもわかるように、西岸(水門のあるほうが東)にかなり寄った位置から撮っており、水門の基部は、手前にある中之島の木立で隠れているのがわかります。
撮影地点のMapion地図

これは、この前の航行で、下流側で中之島に寄せ過ぎ、結果座洲した反省から採った航路で、無事中之島付近を通過、常磐道流山インター上流まで到達しました。この時は、三郷放水路のかなり下流から西岸に寄せたことを憶えています。下のGoogleマップ上に描いた赤線が、おおむねその時の航路です。

すでにお話したように、今回は平成7年と同様、西岸寄りに遡上しようとして浅瀬につかまり、東に向けて進んだところ、澪筋が東岸寄りから中之島沿いにあることがわかり(航路はGoogleマップ上の青線)、かつての感覚とはだいぶ違うことを実感しました。
恐らく、現在の澪筋は、黄線で描いたように走っているように思われました。

すでに「江戸川限界遡上」にも書かれているように、佐藤氏には「坂川・三郷両放水路から流下する土砂が、このあたりの河床を上げ、澪筋を変えてしまったようだ」とお話したものの、帰宅してからGoogleマップに浅瀬の推定エリアを落としてみて、「ハテ、ちょっと違うかな?」と、また別の感想(イヤ、妄想に近いかな)を持つようになったのです。


ホンモノのGoogleマップで江戸川 三郷中之島付近を表示

まず、合流河川の堆砂で河床が上がった件ですが、常時水を流している坂川放水路はともかく、三郷放水路は逆に、年に数回あるかないかの放水時に、その流速で堆砂を押し流しているように思えたのです。
中之島下流付近から東岸に至る深みは、その前後の区間にくらべて唐突で、角度も三郷放水路の取付け角に一致しているため、そうでも考えなければ、説明がつかないように思えました。

三郷放水路からの放水は、中川が危険な状態にならない限りないはずで、いざ放水が始まれば、相当な流速で東岸下流方向に向かってぶつかるはずですから、この考えもあながち外れてはいないと思えるのですが、いかがでしょうか。

今回はまった浅瀬の推定エリアも、同じ考えから、上流側を三郷放水路の吐口の角度に合わせて描いてみました。もっとも、平成7年に通過したときは、たまたま水位が高かったので、気づかずに通ってしまった…という可能性も、否定できません。

今ひとつ…。ボート乗り諸先輩の非難も空恐ろしいので、念のため記しておくと、このあたりが動力船の遡上限界では、もちろんありません。

Googleマップの航空写真を拡大してご覧になればおわかりのように、中上流部にも結構な数の繋留船が見られます(私の艇より大きな艇も、たくさんありました)し、これは特殊な例ですが、大雨直後の増水時を狙って、関宿閘門を通られた方も、過去には一人ならずおられる(水路をゆく 過去ログ江戸川走破の快挙!』参照)わけです。

私のお世話になっている、ボートサービスの社長によると、流山付近で漁をしている舟の、船外機の整備を請け負っており、その舟は年に一回ほど江戸川を下って来て、エンジンの修理をしてこともなげに(!)帰っていくとのこと。

その社長ですら、「松戸のあたりから上は怖いから、上がりたくないねえ」と尻込みするのですから、まさに地場の、わずかな川船乗りしか知り得ない澪筋が延々と続く川、それがかつてのメインラインであった江戸川の、現在の姿なのでしょう。

お隣の中川が、三郷放水路のはるか上流まで、難なく遡上できる環境にあることを思うと、まさに動力船にとっては「航路の廃墟」と呼んで言い過ぎではない荒廃ぶりで、かつての賑わいを考えると、やはり寂しさがつのるのを、抑えることができません。


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タグ : 江戸川三郷放水路三郷中之島松戸水門

水門先生と水路行…3

(『水門先生と水路行…2』のつづき)

10011.jpg三郷放水路に近づくまでは、あくまで基本に忠実に、屈曲のアウトコースを選んで速度をしぼり、そろりそろりと艇を歩かせます。

あいかわらず分厚い曇り空、風は穏やかではあるものの、どこか心細くなるような空模様…。

やがて河道の中央に、木々がこんもりと茂った中洲―イヤ、そのさまは中洲などという生やさしい感じではないので、「三郷の中之島」と呼び習わしているのですが―が見えてくると、三郷放水路はもう間もなく。(写真を撮れなかったので、平成5年の写真でご勘弁ください)

ここまでは無事に来ることができて、少しホッとしましたが、気をつけなくてはいけないのは、ここからです。

過去、最初の江戸川行では、この手前で座洲したことがあり、再挑戦時に西岸寄りの航路を取って上流まで行けた経験から、今回も同じ伝で行こうと、徐々に西岸に寄せると…、予想に反して、水深はぐんぐん浅くなり、魚探も感を示さなくなってしまいました。う~ん。

エンジンをチルトアップ、ボートフックで水底を探りながら微速航行するも、やはり浅くなる一方。ついにはプロペラが泥を巻き上げて、水中に泥煙を立てる始末…。これではいけません。少し後進をかけてから、河道を直角に横断し、澪筋を探ることにしました。
(このあたり、航路情報を含めて、後ほどまとめてみようと思います。とりあえずGoogleマップをご覧になり、よろしくご想像くだされ…)

10012.jpg東岸に向かって進むと、次第に水深が増して、一同安堵の表情。ううむ、繋留船もいたことだし、最初からこちらを通ればよかったかも。ご心配をおかけして、申しわけないです。澪筋は予想に反して、中之島西岸に沿って延びていたようですね。せめて三郷放水路だけでも正面から眺めようと、微速前進。

ジャングルのような中之島の水辺には、インアウトのボートが横転してご臨終…。ううう、何でこんなくだらない写真を撮っていて、肝心なモノが撮れていないのか(まあ、こういうモノに惹かれるたちではあるのですが…)。

10013.jpg未来的な匂いのする、三郷排水機場の巨大な建屋と、対照的な古びた感じの樋門を正面に望んだところが、今回の最終遡上地点。

佐藤氏は、中之島の森の向こうに顔を出す、坂川放水路の松戸水門に惹かれていたようでしたが、双眼鏡で上流を偵察すると、河道中央に杭の列のようなものも見えるなど、若干の不安もあるので、今回は大事を取って、ここまでとさせていただきました。
撮影地点のMapion地図

10014.jpg中之島下流の深みにアンカーを打って、川面でのランチタイム。あっ、三郷排水機場の向こう側はるかに、ツェッペリン飛行船が…。

カヤックが一艘、遡上していったきりで船影もなく、堤防上や水辺にも人影が乏しい上、高い堤防で、街や道路のざわめきからも遮られているとあって、その静けさは天下一品。佐藤氏も、堤防の「防音効果」には、驚いておられるようでした。

10015.jpg帰路は、河川敷の茂みの向こうに現れては消える、小さな樋門たちを眺めながらの下航。まだ、時おり小雨が顔を打ちますが、幸い本降りになることもなく、空も幾分か明るくなってきました。

写真は、松戸の市街地付近で見た、二径間の樋門。角に施された石材の装飾が、いかにも古典的です。佐藤氏にお訊ねすると、「赤圦樋門」と即答! 間髪いれず名前が出てくる「水門先生」の頼もしさ、鬼をもひしぐ(?)ものがあります。

(21年7月18日撮影)

(『水門先生と水路行…4』につづく)

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タグ : 江戸川三郷排水機場三郷中之島赤圦樋門飛行船