3月16日のお茶の水分水路…3

(『3月16日のお茶の水分水路…2』のつづき)

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発進縦坑に入る直前で、スロットルをニュートラルにし、行き足だけでゆっくりと進みながら、何度もシャッターを切りました。結構な枚数を消費した割に、上流側を撮ったもので何とか見られるのは、先日からのタイトルと上の2枚のみ。とほほ‥‥。

まあ、滲出による壁の変色や、レールや手すりといった鉄部の錆び具合など、ディテールがそこそこ撮れたので、よしとしましょう。ちなみに、光があたっているあたりの継ぎ目から、水がポタポタと垂れてくるので、通られる際はご注意。

148012.jpg振り返って下流側も。セグメントの断面、石造アーチの輪石を思わせる継ぎ目が見えますね。それともこの継ぎ目が、「可撓セグメント」のたわみを許す仕掛け、そのものなのでしょうか。

下写真、上流開鑿区間に鼻先を突っ込んだところで、ふたたび闇に帰ろうとするシールドの洞門をもう一枚。黒々とした湛水線や水面と、溶けあうかのような漆黒の闇! 怖気をふるいつつも、惹かれるものがあります。


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148014.jpg上流開鑿区間、管渠の合流部が口を開けたところの天井に、気になる数字が。う~ん、以前来たときは気づかなかった‥‥何だろう、これは?

よく見ると、コンクリートの継ぎ目と何か関係があるようですね。工事中の開口部だったところか、竣工後の補修か何かに関連したものでしょうか。



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というわけで、おなじみ緑のスダレがある呑口に到達、毎度のことながら陽光のありがたさをしみじみと味わいつつ、分水路にお別れです。

上流から数えて3径間目で出たのですが、蔦のスダレをもろにかぶってしまい、枯草やら木っ端クズやらがバラバラと落ちてきて、艇内がとっちらかってしまいました。
撮影地点のMapion地図

(26年3月16日撮影)

(『3月16日の川景色…1』につづく)

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タグ : お茶の水分水路 分水路 神田川 シールドマシン発進縦坑

3月16日のお茶の水分水路…2

(『3月16日のお茶の水分水路…1』のつづき)

148006.jpgピントが合わないのは、光量不足で測距ができないからなのでは‥‥。と、「重要構造物近接地点」のプレートの一つ、「東京医科歯科大学」が近づいてきたのを幸い、懐中電灯(ちなみにこの日の照明は、バッテリー直結のクランプつきライト、電池の懐中電灯、ランタン各一)で照らしてみることに。

結果は‥‥、明るすぎて、失敗してしまいました。両手でしっかりカメラを保持し、落ち着いて撮れればよいのですが、何分狭水路とくれば舵から手を離すわけにいかず、難しいところであります。

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148008.jpg目標から光源をそらしてみると、上の「順天堂医院」のように、まあまあ見られる仕上がりに。

電灯を天井に向かせて、反射で薄ぼんやりと灯りをとった方が上手くゆくことが、ようやくわかったころには時すでに遅く、シールド区間も終わりに近づいて、発進縦坑が見えてきてしまいました。



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毎回、発進縦坑のカッコイイところを撮ろうとしつつも、失敗ばかりで悔しい思いをしていたため、ここぞとばかりにいきんで、バシャバシャ。上の写真は、その中でも比較的マシな一枚です。

それはさておき、帰宅してモニターで写真を見てから、ようやく気づかされて驚いたことが。赤矢印をつけた右端の、コレ!

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「可撓セグメント」
‥‥と、書いてあるのでしょうか? セグメントのエキスパンションジョイントの位置を、示したものなのでしょう。発進縦坑の構造との継ぎ目を、たわみを許した造りにしてあるのですね。

いや~しかし、何回も通っていて、どうして今まで気づかなかったんだろう? その上今回だって、モニターで見るまで、記憶からもすっぽり抜け落ちていたというあたり。まったく情けなくなります。発進縦坑に意識の大半を吸い取られて、ただでさえ散漫な注意力が、さらに薄められてしまうのかしら。
撮影地点のMapion地図

(26年3月16日撮影)

(『3月16日のお茶の水分水路…3』につづく)

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タグ : 神田川 お茶の水分水路 分水路 シールドマシン発進縦坑

文京区主催・神田川分水路ツアーのご案内役をさせていただきました

51001.jpg2月27日と3月6日は、2週連続で水路ツアーのご案内役を務めさせていただきました。「『文の京』日帰り体感ツアー」と題する、文京区主催の観光開発を目的とした、短期集中イベントのうちの一つです。

今回の目玉は、何といっても分水路航行。私を含め、ごく一部のモノ好きしか面白がらないであろう、と思われた神田川の分水路が、ついに自治体お墨付き(?)で商業航路化(??)されるというところにも興味を惹かれ、楽しくお手伝いさせていただきました。

「続きを読む」をクリックしてご覧ください

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タグ : 神田川 水道橋分水路 お茶の水分水路 分水路 シールドマシン発進縦坑

お茶の水分水路覚え書き

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…11』のつづき)

例によって、お茶の水分水路について、いくつか気になったところをまとめてみました。過去の記事と重複する部分もありますが、ご参考まで。


ホンモノのGoogleマップ(別窓)で神田川・お茶の水分水路略図を表示

まずはGoogleマップに、お茶の水分水路のおおよその経路を落としてみました。ハメコミ表示にすると、なぜかどうしてもずれてしまうので、上の地図は単なるJpg画像です。リンク先をクリックしてご覧ください。

図面から写したわけではないので、水路幅や経路については推測の部分があり、正確ではありません、念のため。また、都心ということもあり、どうしても他の表示に埋もれがちですので、地名を非表示とし、拡大して細部をご覧になることをお勧めします(アラが目につくでしょうが)。

しかし、改めて上空から眺めてみると、ちょうど本郷台の西端から東端までを掘り抜いた、まさに「現代の仙台堀」と呼んでも言い過ぎでない、大分水路であることが見て取れますね。

二度の屈曲があり、河道の拡幅も難しいこの区間に、地下に平行して河道を設け、上流の急激な増水に対応できる流下能力を持たせるために、お茶の水分水路が掘られたのでしょう。
先輩格である水道橋分水路と、あまりに扱いに差があることから、記事中では憎まれ口を叩いたりしましたが、やはりこれだけ建て込んだ、しかも丘陵の地下を掘り抜いたのですから、都市河川の治水事業としては、世紀の大工事と言って差し支えない、石碑をもって顕彰されるにふさわしい規模のものだったと思います。

通航時に気になったことをいくつか。

記事中でも紹介したように、下流開鑿区間の吐口付近と、シールド区間の下流部3分の1ほどが、天井高の非常に低い区間で、進入時の潮位に注意することが必要です。

おなじみ海上保安庁海洋情報部の潮汐推算曲線で、通航日、芝浦の今年3月14日の潮位を見てみると、通航時の12:00~13:00の間の潮位は80~107cm。少し圧迫感はあったものの、21ft・オープンの我が艇は充分な余裕をもってかわすことができたので、同クラスのハードトップ艇であっても、100cm前後からそれ以下の潮位であれば、まず問題はないでしょう。

水深は水道橋1・2号分水路同様、通航時で4m前後と充分で、ところどころに浅い部分のある、神田川本流よりむしろ気楽なほど。ただし、シールド区間は円断面ですから、端に寄り過ぎないようにするのは言うまでもありません。

また、これも何度か触れましたが、進入は下流側から、遡上するかたちにするのをお勧めします。トラブルで一旦停止することになっても体勢が立て直しやすく、特に開口部から脱出する際にも、バウが先に振られ、狭い径間に狙いがつけやすいので、何かと都合が良いものです。

ちなみに、番組収録時に乗せていただいた船宿さんのカタマランは、長さ約10m、幅は3m弱といったところ。これほどの大型艇を、ほとんど壁に触れさせることなく通過させた、船頭さんの腕には驚くばかりでした。お勧めはしませんが、この寸法が通航艇の最大値と言っていいように思えます。

数少ない開口部以外は、全く明かりのないところですから、照明が命であるのは「神田川分水路まつり…1」ほかでも触れたとおりです。もちろん複数の光源を準備するべきですが、今回感じたのは、天井高のある発進縦坑を堪能するには、あと一つ二つ、強力なライトが欲しいということ。

いかなフラッシュがあるとは言え、薄暗い中ではコンデジ君も測距をしかねるのか、今回はピンボケやブレも多く泣かされました。もっとも、バッテリーの容量は限りがあるので、常に複数を点灯させておくのは不安があります。もう一つ、手元スイッチのついた、スポット用をあつらえるしかなさそうですね。

26137.jpg一つ積み残しがありました。写真は、昌平橋の上流側人道橋と、車道橋の間、北岸を見たところ。古いままの石垣護岸に、雨水吐らしいパイプが二本見えますが、いずれも板で塞がれていますね。

これ、位置的に見て、「分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…1」で見た、下水合流部の旧吐口ではないでしょうか。「分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…2」の「暗渠化小石川河口」同様、分水路の建設によって、分断されてしまった暗渠も少なくないに違いありません。

そういえば、このあたりはかつて、石神井川の末端が南北に流れていた、旧河道の跡…。20年ほど前まで、昌平橋上流北岸には樋門があり、「暗渠化石神井川(?)」かしら、と妄想していたのですが、それもいつの間にか消えてしまいました。やはりこれも、分水路の竣工によるものだったのでしょうか。


(22年3月14日撮影)

【追記】上記のGoogleマップ「神田川・お茶の水分水路略図」は、大幅に加筆・修正しタイトルも「神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図」としました。詳しくは「水道橋分水路・お茶の水分水路のまとめ」をご覧ください。

(この項おわり)

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分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…9

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…8』のつづき)

26124.jpg銘板のたぐいがどこかに貼っていないかしらと、木につかまりながら斜面に出て、開口部の土から露出している側面を検分して回りましたが、スプレーによる落書きらしいものの他は、特に何もなし。

分水路の中で、人に見られることを意識したかのようなプレートや、ステンシルの番号をあれだけ見せつけられただけに、地表部分であるこちらに何も表記が見当たらないというのは、どうも腑に落ちません。

26125.jpgホコリだらけになりながらヤブをこいで、平場の端から端まで見て回ったものの、ついに収穫なし。わかったのは、生えている木や草は割りと頻繁に手入れされており、特に木々は剪定の跡が生々しかったこと。仙台堀開鑿の結果たるこの斜面は、巨大な植え込みの扱いなのですね。

フタの上に立つ願望は達成されたものの、メーカーズプレート一つ見出せずにこの地を去るのは、やはり気持ちが収まりません。ため息を吐きつつ、階段を見上げてみると…
あっ、あれは! 

26126.jpg
階段の入口、すぐ下の壁面に、小さいながら立派な磨き出しの銘板が!
さっき、何度も上からのぞき込んだ割に気づかなかったとは、まさに灯台下暗し。
1996年3月 神田川お茶の水分水路工事に伴う 道路復旧工事(その1) 東京都 中央エンジニアリング株式会社施工

道路復旧工事という語感から、開鑿した発進縦坑を埋め戻し、旧情に復した工事のように思えます。やはり、このシャフトは機材の搬出入口で、シールドマシン本体は、道路上を切り開き、発進縦坑の幅をいっぱいに使って吊り下げたのでしょうか。

26127.jpgフタの西北角から眺めて。木々で視界がさえぎられていますが、対岸の電車や神田川の水面が見渡せたら、ちょっとした小公園にしてもいいくらいのスペースに思えました。

しかし、階段の銘板にある「1996年」という竣工年が気になりますね。分水路内部の銘板(次回紹介)では、上流開鑿区間の竣工が1990年、大成建設の「実績紹介」では、恐らくシールド区間の竣工年は、1993年となっています。
各区間の接続部に、角落しで塞ぐ設備があったことからも、竣工には時間差があったことが想像できましたが、銘板の記録を拾ったかぎりでは、その時間差は数年にわたったようですね。

26128.jpgフタを踏みしめる念願はかなったし、銘板は見つかったしと、まずまずの収穫でした。そろそろ帰ろうと、東側の擁壁に近づくと、昔使っていたものか、石垣の石材がごろりと一つ、転がっていました。

しゃがんで見てみると、毛抜き合わせ端の断面をしているのがわかります。目地にセメントが付着していたので、そう古いものではないでしょう。かつてこの斜面で、神田川を見つめていた石垣の一つかもしれません。


(22年4月11日撮影)

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…10』につづく)

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