水路をゆく・第二運河 29年7~9月のご案内

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【ご案内】
水路をゆく・第二運河にようこそ!
モーターボートなのになぜか艪がついている、全長わずか21ft(約6m)の木っ端ブネに乗る道楽船頭は、川や運河をうろつくのが大好き。いにしえの水運全盛期に思いを馳せつつ、閘門・水門や橋、フネブネの姿を楽しみながら、各地の水辺や博物館、遊覧船を訪ね歩くブログです。東京とその近郊にある可航水路の、自艇航行による全線ご紹介を目指しています。

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ボートオーナーの方へ…当ブログに掲載された水路を航行され、事故を起こされても、管理人は責任を負いかねますので、航行にあたっては、各艇長の責任で安全航行をお願いいたします。

当ブログは、ブログサービス「Doblog」にて作成していた、「水路をゆく」の姉妹ブログとして、20年4月6日に開設、「航行水路メモ」を主な記事にしてまいりましたが、21年2月8日以降、Doblogに障害が発生、更新が不可能になったため、本文記事をこちらで継続することとなりました。
なお、サービス終了に伴い、閉鎖されたDoblog「水路をゆく」に掲載していた記事は、FC2ブログ「水路をゆく 過去ログ」に移設しました。

【更新履歴】
【8月19日更新】タイトルバック画像を更新しました。大田区、南前堀です。29年8月13日撮影。
【8月4日更新】タイトルバック画像を更新しました。砂町運河、新砂水門の操作室を見上げて。28年12月31日撮影。
【7月10日更新】タイトルバック画像を更新しました。東京ゲートブリッジの橋上、若洲側トラスから中防側を望んで。29年5月28日撮影。
【7月2日】現在発売中の月刊「銀座百点」7月号に掲載された巻頭座談会、「水路の街・東京の今」でお話しさせていただきました。
【メールフォームよりメールをくださった皆様へ】ご感想等で多くのメールを頂戴し、ありがとうございます。頂戴したメールはすべて目を通しておりますが、都合により、お急ぎのご用がある方以外、原則返信はしておりません。またそのほかの理由でも、返信の可否は管理人にお任せください。大変恐縮ですが、悪しからずご了承いただければ幸いです。
【7月1日更新】タイトルバック画像を更新しました。大横川、更新工事成った大島川水門です。29年4月16日撮影。

南前堀が!…2

(『南前堀が!…1』のつづき)

209021.jpg入ってまず、以前と様子が違ったのは、左手の護岸に繋留船がいたこと。がっしりしたハシゴと、護岸上にはなぜかパトランプまで備えられています。

水門は南前堀の軸線方向に対して、上流側(右)に振った形で斜めに設けられているので、スターンがかわるまで針路そのまま。直後面舵に切って、さて奥の様子をうかがってみると‥‥。


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橋脚に沿って設けられていた、不法繋留阻止のフェンスは取り去られ、水面はだいぶ広々とした印象に。護岸も新しくなったこともあり、以前より明るい感じになりましたね。

右手にはポンツン桟橋が新設され、すでに繋留船も見えます。近隣の水路でも徐々に進められていた、暫定繋留施設の整備がここにも及んだのでしょうか。

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さて針路を軸線に合わせ、久々の千本鳥居状態を堪能‥‥と思ったら、橋脚の内側にも何隻か繋留船が。以前は最奥部に集中していた地元の艇が、繋留施設の整備にともなって、こちらに移動してきたということでしょうか。

‥‥イヤそれはともかくですよ、あの2隻の間、すごく狭くないか? 左手は橋脚の内側にもやっており、右手も桟橋+2隻メザシ。う~ん。いったんニュートラルにして様子をうかがい、全フェンダーレッコー、ボートフック構えと、万全の態勢で前進微速!

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うわ狭いせまい手荒く狭いですわこりゃ
往路はとても余裕がなかったので、帰りに撮ったものですが、数あるすり抜けの中でも新記録かも。入っていきなり試練を突きつけるとは、イヤ、厳しいですなあ南前堀!

209025.jpg大急ぎでつけ加えておくと、往復とも繋留船に触れさせることもなく、無事すり抜けを完遂いたしましたです。公有水面(ですよね?)とはいえ、お他人様のお庭先、いち遊びブネがご迷惑をかけるようなことがあってはなりません。

右は最狭窄部を抜けて振り返ったところ。地元艇もここをバックで抜けるとなると、大変そうではありますね。
撮影地点のMapion地図

(29年8月13日撮影)

(『南前堀が!…3』につづく)

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タグ : 南前堀 高架下水路

南前堀が!…1

(『8月13日の東電堀』のつづき)

209016.jpg京浜運河に入って一路南下、ガスミオ運河が西に接続する十字流、赤い桁の京和橋を望むところまで来ました。

この向こう、平和島運河の一部でもある干潟水路で澪筋をたどっていると、左舷前方上空から時ならぬタービン音が‥‥。旅客機とは違う挙動に思わず注視していると、おお!


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海上保安庁のシュペルピューマが! 頭上低く左旋回しながら、基地に降りてゆく迫力ある姿! 上手くとらえることができてニンマリ。

209018.jpg名物・羽田可動橋もご機嫌麗しく。雲が多い日だったので、暗く撮れてしまうものが多かった中、まれに陽が射して、このように清々しい川景色になるときも。

この間、道々見たものについてはひとまず置いておいて、相変わらずのこらえ性のなさから、本日の目的地について先にやらせていただきます。21年12月13日以来、実に8年ぶりの再訪となった水路、それは‥‥。


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都内最南端の高架下水路、南前堀! しばらく工事中で、中に入ったはいいものの、転回できなくて出られなくなったら大変と、進入を控えていたのです。

といっても、「南前堀は工事中?」でこわごわのぞき込んだのが3年前。もういいかげん竣工しているでしょうと、南前堀水門に近づいて奥をうかがうと、どうやら中も落ち着いた様子。では久々に、いってみましょうか!

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勢い込んだ書き方をしてはいますが、右手のテラスにはえらい人数の釣り人さんがおられましてね‥‥。神妙な面持ちで左に大回りしながら、針路径間中央へ。

おお、コンクリートの色も真新しい、立派な護岸が見えますね。ん? 左手、繋留船があるのか?
撮影地点のMapion地図

(29年8月13日撮影)

(『南前堀が!…2』につづく)

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タグ : 京浜運河 海老取運河 南前堀 羽田可動橋 南前堀水門

8月13日の東電堀

(『8月13日の東雲水門…2』のつづき)

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東雲水門を出て、港内に向かってすぐ右手にある水路、東電堀に寄り道してみましょう。いや、今シレッと「東電堀」と書きましたが、認識したのは割と最近で、旧水上警察署発行の「東京都河川図」を見直してから。この水路を指した矢印付きで小さく「通称『東電堀』」とあったからです。

正式には東雲運河の一部なのでしょうが、かつて豊洲6丁目側に隣接していた、東電の火力発電所にちなんでの通称であることは理解できました。周囲は今やすっかり再開発し尽され、昔をしのぶよすがなど片鱗もないように見えます。どっこい、ほんの少しだけ残っていました。今までほとんど関心を払っていなかったので、お詫びがてらご挨拶しようと面舵。

209012.jpg上の写真のように、キレイに整備された芝生の法面をバックに、水際の桟橋だけが、忘れ去られたように放置されているのです。鋼材の脚にコンクリートスラブを載せた構造で、劣化したフェンダー、白い鋳鉄のビットが並ぶさまは、いかにも数十年の星霜を感じさせます。

入口からしばらくすると桟橋は終わり、ツライチのまま岸壁に移行。それも途切れると、少し凹んだ形で、下の写真のような岸壁が奥部まで続いて終わります。

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こちらは見たかぎり、入口近くの桟橋より世代が古そうですね。現状を紹介するにとどめますが、都の臨港線がここまで来ていたころや、艀荷役華やかなりし時代を想像させるものがあります。
撮影地点のMapion地図

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209015.jpgもう一つ間近で見ておきたかったのが、以前も触れた水陸両用バスのスロープ。「【速報】豊洲ぐるり公園、7/7(金)朝7時よりオープン!釣りが可能か調べてみた」(とよすと)によると、ちゃんと名前があり、「豊洲五丁目スロープ」とのこと。航路標識、吹き流しも備えられ、周囲はテラス化されて「豊洲ぐるり公園」の一部となっているそうです。

魚探の感をのぞいてみると、底状はおおむね平坦で、10:30の推算潮位A.P.+1.5mで、5mの水深がありました。さすが元艀船運河、これなら喫水の深い水陸両用バスも安心ですね。

(29年8月13日撮影)

(『南前堀が!…1』につづく)

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タグ : 東雲運河 東電堀

8月13日の東雲水門…2

(『8月13日の東雲水門…1』のつづき)

209006.jpgローラーゲート径間をくぐった直後、ほぼ真横から。閉塞された部分の壁を間近に眺めてみたかったのですが、ここからは難しそうですね。しかし、柵越しでもその質量は伝わってきます。

手前側、小さい方の操作室の横には、工事の都合でしょう、後付けで階段が設けられていました。




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監視カメラ、電光掲示板の架台、信号はそのままです。もっとも電光掲示板、信号とも通電はもうしていないようですから、間なしに撤去されるのでしょう。

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通航していたときと同じように、真正面から眺めてみたくなり、大きく舵を切って船尾から。ゲート以外の設備はそのままということもあり、閉塞された部分の壁の存在感はやはり凄いものが。

「汽船用」の看板とももうお別れ、と思っていたら、当座は残されていますね。他の設備ともいずれきれいに撤去され、フラットにされてしまうでしょうから、やはり再訪しておいてよかった。「汽船用」の看板、ちょっと欲しいなあ‥‥。

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209010.jpgローラーゲート径間と一緒に。ゲート形式の違う一径間だけ埋めてしまう、というやり方って、他に前例はあるのでしょうか。少なくとも自分的には初見で、寂しく思いながらも、興味をそそられるものがありました。

しばらく漂いながら眺めていたら、爆音とともにPWCのフリートが駆け抜けてゆきました。十年一日のごとくそこに在るようでいて、大きく変化することもある水門風景、その瞬間に水路上から立ち会えたのは、ある種幸運だったのかもしれません。
撮影地点のMapion地図

(29年8月13日撮影)

(『8月13日の東電堀』につづく)

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タグ : 東雲水門 東雲運河

8月13日の東雲水門…1

209001.jpg約3カ月、何やかやと悲しいくらい手塞がりで、実に、実に98日間も休航してしまいました。この間、一度だけ艇のメンテに訪れたくらいで、川面を目にすることもまれな日々が続いてしまい、水路分欠乏症で手がプルプルするほど(うそ)。

木っ端ブネにも寂しい思いをさせたと、暖機をしながら汚れを丁寧に拭ってやり、さて、久々の解纜。予報どおり雲が多いものの、ときどきのぞける青空に望みを託し、テンションも高くゴーアヘッド。

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最初の目的地は、お題のとおり東雲水門に定めていたのですが、まずはジャブというか小ネタをおひとつ。

28年9月10日、「業務船で始まる」で紹介したクレーン船ですが、あれから同じ場所にもやったまま、移動した様子がありません。前回も気になっていた点があったのと、この日は警戒船もおらず近寄れそうだったので、改めて撮っておこうと微速前進。

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甲板室の屋根に草が生えている‥‥。

仕事柄、土ぼこりをかぶりやすい台船やクレーン船だと、現役船でも、角っこの溜まった土に雑草が生えてしまっている例は時折見かけますが、これは見事というか何というか。屋根上だけ青々と茂っているのが妙で、凄く目線が吸い寄せられます。

209004.jpgさて、お題の東雲水門です。5月7日にセクターゲート径間が廃止・閉塞された様子を紹介しましたが、お手伝いの道々で落ち着いて眺められなかったので、改めてじっくり観察しようと思ったのです。

こうして距離を置いて見てみると、閉塞された部分のコンクリートが白く目立ち、今さらながら「ああ、もうセクターゲートは無くなったんだなあ‥‥」と感慨にふけることしきり。

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幸いにして、空が明るくなってきました。前にくらべて少なくはなったものの、まだ足場が組まれていて、工事は続いていることを示しています。

左手に見える小さな木、以前見事な咲きっぷりを見せてくれた桜(『東雲水門の桜』参照)にしては、えらく小さい気が‥‥。剪定されたにしては縮み過ぎですから、桜は取り去られて、新たに植えられたものでしょうか。
撮影地点のMapion地図

(29年8月13日撮影)

(『8月13日の東雲水門…2』につづく)

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タグ : 砂町運河 東雲運河 東雲水門 クレーン船

広島の水上バスが?

そうそう、一つコレハ! と思った一件があったのだった。忘れないうちにきちんとメモしておこう。ちなみに一人で気づいたのでなく、幣ブログでも「エスエスNANO1」ほか乗り組みでおなじみ、ZEN船長のご指摘によるものです。

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25年6月23日、ああ、初めて見る小型水上バスタイプの船がいるなあ、と何の気なしに撮ったこの船。「6月23日のフネブネ」で紹介しました。

白い船体は薄汚れ、窓ガラスはすすけ、船底塗料もはげちょろげて、見るからに長い間放置された様子です。

208017.jpg甲板室後部の側面、「勝どき」のロゴの下に「IZAKAYA CRUISER KACHIDOKI」と書かれており、帰宅してから検索はしてみたのですが、特にそれらしきものはヒットせず、正体はわからずじまい。

何分、道々に撮ったフネブネの一枚だったので、忘れてそのままになってしまいました。ZEN船長からご指摘があるまで、一度見た船影をすっかり忘れていたのですから、お恥ずかしい限りではありますが‥‥。で、4年ぶりに前歴が判明したのです!

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広島の水上バス、「スイスイ」!

ご指摘にアッと思って、全体のフォルムから窓配置まで、照らし合わせてみるとまさに同一船体。いや、さすがに早とちりかな? 少なくとも略同の、同じ図面から起こされた兄弟船には違いない! 21年7月5日、広島訪問時に何度も出会い、写真も数枚撮っていながら感づかないとは、おつむの老化ぶりに情けなくなります。

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以前、「水上バス『カワセミ』のこと」、「『クイーンリバー』時代の『カワセミ』の写真を‥‥」で、水辺ラインの「カワセミ」が、大阪で活躍していたのを回航され「里帰り」したこと、また回航時の写真を撮っていた方がおられたことを紹介しました。

写真の船が「スイスイ」だとすれば、それよりはるかに遠い広島から瀬戸内を通り、遠路はるばる回航されてきたことになります。こういった低舷側浅喫水の河用客船を、海上回航するには様々なご苦労があると思います、一度担当された方のお話をうかがってみたいものですね。

遠く瀬戸内から波涛を越えて、東京の川にやってきた「スイスイ」(かどうかはわかりませんが)。4年前に撮った様子では、せっかくの苦労も報われないような落魄ぶりでしたが、その後どうなったのでしょうか。どこか、よい落ち着き先があったことを、願わずにはいられません。

そうそう、「スイスイ」の履歴に触れたサイトがありました。「遊覧船すいすい(ピンク色)」(廣島ぶらり散歩)によると平成元年就航、22年7月引退とのこと。これが本当なら、引退後間もなく東京に回航されたことになります。他の水上バスや遊覧船についても、広島の川のことなら実に詳しく調べられているサイトです、ご一読をお勧めします。

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タグ : 水上バス 旧江戸川 元安川